たとえば、
たとえば任務中に死ぬなら雨の降りしきる日っていうのが相場だと思うんだよね。時間は…そうだな、昼間でもいいかもしれない。あんまり暗すぎたらいけないもんね。重苦しい鉛色の空から冷たい雨粒がおちてきて、それでちょうどそれが地面に倒れてる私の目尻にあたって、それがまるで泣いてるように見えるわけ。体温が低下してって、でも何故だか寒くなくて、斬られたのにもかかわらず痛みなんかこれっぽっちも感じない。意識が朦朧としてる私を、片思いのあのひと、つまり土方さんなわけなんだけど、その土方さんがしっかりと抱きしめてるんだ。それで、片思いだとばかり思ってたのが実は両思いだった!とか。どんどんと冷たくなってく私を必死で抱きしめる土方さんが静かに涙を流してたらなぁって、そういうのが理想ってわけじゃないけど。


実際どんよりとした雲が空を覆ってはいるものの雨なんてこれっぽっちも降ってない。今にも泣き出しそうな空、とはよく言うけれど、用はそんなあいまいな天気。でもお天気お姉さんの結野アナが雨は降らないでしょうって言ってたからたぶん降らない。あそこの放送局は天気予報はずさないことで有名だもの。ずきり、傷が痛んだ。なんだ、想像とぜんぜん違うんですけど。斬られたところは痛いし熱いし。雨が降ってないから寒くはないけど、いや、寒いかも。わかんない。体温がさがってんのかなぁ。っていうか痛ぇ。傷口の痛みが半端ねぇ。パネェ。ちょっと使ってみたかったんだよねパネェ!!


土方さんは涙を流すどころか苦しげな顔すらしてなくて、目の前の光景が信じられないのかカッと目を見開いている。瞳孔開いてるからかなりこわい。カッコイイけど。ていうかカッコイイから怖さに拍車がかかるのかな。あ、もしかしたらただ単にびっくりしてるだけかも。だって私結構土方さんのこと沖田隊長と一緒にいじめたりしてたもんね。沖田隊長のいじめ、っていうのはつまり土方さんのタマ狙ってるってことだからさ、それに面白半分にしろ加担してた私も結果的には土方さんのタマ狙ってたわけだ。そんな自分の命狙ってくるような部下が自分の背後護ったんだからそりゃあおったまげですね。しかも私ったら実は意外と臆病者だからできるだけ戦いたくないし戦うとしたらかなり気合入れないと戦えないし、土方さん怒らせて沖田隊長と逃げるときはなんかもう涙目なんですけど。っていうか私を囮に使う沖田隊長が悪いんだ!計画したのも実行したのも沖田隊長なのになんでか私が一番追っかけられるし。山崎さんほどじゃないけど。たぶんそれも沖田隊長の計画のうちなんだろうなぁ。…あれ?なんだか話がずれてるぞ。思考がまとまらなくなってきた。いかん、戻せ戻せ。そうそう、土方さんにさえ背を向けて全速力で逃げちゃう私が、ものっそい形相で斬りかかろうとする攘夷浪士と土方さんとの間に入り込んじゃうんだもの。そりゃあ私だってびっくりものですよ。ああ、私って土方さんのために死ねるくらい土方さんのこと好きだったんだなぁってもう遅い再確認。


やっぱり雨は降りそうにない。小説とかならここで死にそうなヒロインは「好き、でした」とか自分を抱き締めてる男に言うんだよ。それで男が泣きながらもカッコイイ声で「俺ァ、愛してた」とか言うんだろうけど、あまりにも副長の顔がびっくりしたままかたまってるからもうなんか笑いそう。ムードとかないない。ここはアレでしょ、死ぬなよとか言って抱きしめたりとか止血したりとか、そーゆーことする感じじゃないの?え、違うの?でも多分私例え止血したとしても助からないだろうなぁもう指先動かす力もないっぽいし。相変わらず傷口はじくじくと熱をもっててめっちゃ痛いんだけど、それに負けないくらいの睡魔が襲ってくる。ちょっと瞼も落ちてきそう。

、」

かろうじて聞き取れた土方さんの声は聞いてたら笑っちゃいそうなくらい情けない声だった。ていうか、笑った。心の中では。実際は顔の筋肉がうまく機能しなかったから、多分めちゃくちゃ微妙な半笑いとかになってるだろうなぁ。本当は爆笑したいのに。へたれの土方さんがどあっぷ。そりゃあ沖田隊長もイジりたくなっちゃうくらいのへたれっぷり。だからドエスの沖田隊長に虐められるんですよー

、」

土方さんの震える声が耳に心地いい。なっさけないのー。くすくすと笑う私を土方さんが覗き込む。うーん、やっぱり泣いてないや。でも、瞳が揺れてるのは自惚れてもいいのかな?
そういえば、告白こそされてないけど腕のなかだなぁ…あ、だから寒くないのかも。「…ッ、」頼りなさげなその声に笑う。ひゅ、と咽が鳴った

「ばー、か」
面白い顔してますよ、副長。








電波が届かない

(視界は霞んで、君はもう見えなくなった)











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090310  下西 糺