「うげ」
「うげってひどいなあ」


重い扉を開けばそこは開放的な空間が広がっている。ある晴れた日の昼下がり、もうすぐ五時間目が始まろうという時間に何故屋上にいるのかと問われれば、サボタージュの真っ最中と答えるであろう。銀魂高校の屋上は普通の高校と違って出入りができるようになっている。その理由は簡単。3Zきっての不良である高杉くんが屋上の鍵を直しても直しても壊してくれるので、結果的にバカ校長が諦めてつけるのをやめてしまったのだ。普段は高杉くんという危険人物が出没しているかもしれないのでエンカウントしないように誰も来ないのだが、今日のあたしは違った。キチンと教室の窓側、一番後ろの席に高杉くんの姿を捉えていたのである。珍しく授業に出席していた高杉くんは、昼休みもぶっ続けで机に突っ伏して爆睡していた。昨日はバイトで遅かったのかな。というか、おなかすかないのかな?そんなくだらないことを考えながらも、あたしの頭の中でひとつの豆電球が光を放った。高杉くんがここにいるってことは、あれ、いま屋上だれもいないんじゃないの?そう思った直後、あたしは教室を飛び出していた。


「ふんふんなるほど。それで偶然俺に会えるなんてにとってはうれしい誤算だね」
「勝手に頭の中をよまないでよ。というかうれしくもなんともない。完全な誤算ですっ」


少々冷たく言い放ったけど、目の前の男は相変わらず笑顔を崩さない。あーあ、本当予定外。一人でゆっくり昼寝でもしようと思ってたのに、よりによって神威くんと鉢合わせちゃうなんてついてなさすぎる。教室に神威くんの姿がなかったなんて、全然気づかなかった。


「座りなよ。サボるんでしょ?」


そう言って、日陰に座ったまま神威くんはあたしが座れるように少し右にずれた。そんなことしなくても、屋上だからスペースなんていっぱいある。つまり、言外に“となりにすわれ”と脅されたのだ。そう、これは脅しなのである。楽しそうに笑う神威くん。その触覚がひょこひょこと動く。ごきげんすぎるそれですべてが裏づけされている。


「…おじゃまします」


どうせさっきチャイムは鳴ってしまったし、あたしが神威くんから逃げられるわけがない。仕方なく、教科書一冊分の隙間をあけて神威くんの隣に腰を下ろした。不満そうに神威くんが口を尖らせる。


「せっかく俺の隣に座れるのに、なんだいこの空間」
「付き合ってるわけでもないのに密着するなんておかしいでしょ」


反撃するように、でも怖いから小声でぼそぼそと呟いた。不満そう、というよりもむしろ拗ねたように眉を顰めてから、おもむろに神威くんはあたしに訪ねた。 「は、電車通学だっけ?」 神威くんはいつからあたしのこと名前で呼んでたんだっけ?そういえばさっきも名前で呼ばれた気がした。でも余計なことにはつっこまないことにする。というか、つっこむのが怖い。


「そうだけど、それがどうかした?」
「つまり、座席に座るってことだよね」
「電車通学だからって座るとも限らないし、電車通学じゃないからって電車に乗らないわけじゃないよ」
「もう、いちいちつっこまなくてもいいよ」


唇を尖らして、ぷいとそっぽを向く神威くん。お、お、怒ってないよね?大丈夫だよね?ちょっと拗ねてるだけだよね、?


「………………つまり、」


あ、立ち直った。


は普段からこうやって、」


唐突に神威くんが腰を浮かし、あたしとの隙間をぴったりと埋めてしまった。え、う、うそ!心臓が急にばくんと跳ねて、誘発されるかのように体の右側、神威くんと触れあってるところが熱くなった。いま、なにが、起きて…っ


「見たこともないオヤジとかさ、名前も知らないOLのお姉さんとかとさ、密着してるわけでしょ?」
「ほ、え?」
「なんで知らない人間とはくっつけるのに、俺の隣には座れないわけ?」


さああ、と風が吹き抜けて、あたしのもとに神威くんの香水の匂いが届いた。柑橘系のそれはほんの僅かに香るだけなのに、あたしの視界はぐらりと揺れたようだった。神威くんと触れあっている右肩はやっぱりまだあつくて、心臓はばくばくと異様なほど活動している。


「か、むい、く、」
、」


手、出して。あたしの科白を遮ってそう言った神威くんは、返事を待たずにあたしの右手首を掴んだ。ちょ、返事を求めてないなら聞いたりなんかしないでよ!悲鳴のような今度の科白は、あたしの口から吐き出される前に驚きと緊張で呑み込まれてしまった。ど、くん。先ほどの比ではないくらいに心臓が跳ねる。あたしの右手は神威くんの左手に繋がれていた。


「…、」


頭が状況についていかない。口をあけて、何かを言おうとして、なにを言えばいいのか分からなくて、閉じる。また開けて、閉じる。体中の血液が沸騰してしまったかのように顔と、神威くんに繋がっている右手が熱かった。な、何かの間違いじゃないだろうか。茫然と神威くんと繋がった手を見てみる。いわゆる恋人繋ぎでしっかりと絡まった指先、神威くんのそれはひどく白かった。試しに右手をぐいと引っ張ってみても、解ける気配さえ見せない。


「か、むいくん?」
「…見知らずのオヤジが隣に座れるんだから、俺となら手くらい繋げるでしょ」


嫌だったら、引き剥がせばいい。
掠れたような声、その科白に反して、指先には少しだけ力が加わった。矛盾している。でも、不思議とそれが嫌ではなかった。一瞬躊躇してから、おそるおそる神威くんの手を握ってみる。刹那、びくりと神威くんの体が跳ねて、思わず視線を遣ったら目があった。


「っ、」


お互いが勢いよく顔を逸らす。見間違いじゃなければ、神威くんの顔が、真っ赤にそまって、


「……、」


ぐ、とまた少し指先に力が加えられる。声なんか出るはずもなくて、あたしは返事をする代わりに指先に力を込めた。シトラスの香水がふんわりと香る。空を見上げると、飛び込んできた真っ青な空間。それがなんだか、きらきらと光ってみえた。



























(ぱちぱちと弾けるそれは、きっと日常を虹色に変えていく)











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090613  下西 糺



やっとかきおわったよおおおっぉぉぉぉぉおおお\(^q^)/
最近まとまった時間取れなくて本当どうしようかと思ってた。わお!
最終的にかわいくなってしまった神威くん…いつかもうちょっと狂愛ちっくなのに挑戦してみたいですYO!!!
つか高杉出張り杉wwww