「それでね、高杉先生。銀八せんせいったら授業中にもかかわらずちらっちらその女の子のことみてるんですよ? あーもう信じられない! それで、そんな銀八先生に気づいた沖田くんとかが騒ぎ出しちゃって、土方くんも騒がれて騒ぎ出して、そこに桂くんが変なボケで乱入して、それに銀八せんせいが鋭い突っ込みいれて、それをまた沖田くんがからかって、そのせいで真っ赤になった子を見ながら照れたように銀八せんせいが笑って、その笑顔がもうほんと大好き!!」




マシンガンのごとく吐き出された言葉は静かな保健室に数えきれないほどの穴をあけていく。それを右から左に聞き流しながら、先ほどからやまない溜息をまたひとつ零した。はそれに気づいていないのか、気づいているのにもかかわらず無視を決め込んでいるのか。定かではない。どちらかとしたら後者だろうか。やむことのない一方的な会話に慣れてしまっている自分に気がついて少し嫌気がさした。口から零れる言葉の端々が、自然と刺々しくなる。




「オイお前ェはいったい保健室に何しに来たんだよ。愚痴か? 惚気か?」
「ちょ、なんで惚気になるんですかぁー心が傷ついちゃったんですぅーじぇーらしーしちゃったんですぅー」
「知るかよ。ここは怪我したやつが来るところなんだよてめぇなんざお呼びじゃねェ」
「怪我しててもロクに手当てなんてしないくせに。いいじゃないですかぁ可愛い生徒の心のケアしてくれたって」




ぷう、と顔を膨らませたは不満げに俺を見遣る。少し上目づかいのそれに反射的に目を逸らした。半分計算であろうと、わかってはいるのに心臓はどくりと嫌でも跳ねる。逸らした視線の先には窓、その向こう側には青々とした木が強めの風に吹かれて揺れている。




「可愛い生徒だァ? 生憎俺の視界にそんな生徒はいねェな」
「いるじゃないですかここに! 女の子は恋すると可愛くなるもんなんですぅ」
「お前を女に分類すること自体俺ァ間違ってると思うがな」
「しっつれいな! 毎日念入りに髪の毛セットしてメイクもきちんとして言葉遣いにも声の出し方にも気をつけてるなんて、恋してる女の子ですよっ!」


「銀八のためにか?」




思わず零れた科白。しまった、そう思ってももう取り返しがつくはずもない。息をのむようなひゅ、という音とともには黙り込んでしまった。あからさまな反応を示した彼女に微かな苛立ちを覚える。最初はほんのひとかけらだったそれは瞬く間に腹の中を黒く染めていった。銀八。自分の口から零れた名前に吐き気さえ覚える。あんなやつ、の、どこがいいというのだ。俺の唯一、誰にも渡したくない、大切なそれを、自分はほしくもないくせに、ひとりじめにしてる、アイツの、どこが、




「好きな人のために、です」




ぽつりとつぶやく。その言葉が俺の中の何かを決壊させた。




「報われないにもかかわらず好きなやつのために努力すんのか? いちゃつかれて落ち込んで授業抜け出して好きでもない男の所に押しかけて愚痴ったりかとおもえば惚気たりするのも全部銀八のせいなのに?」
「先生言ってることが支離滅裂だよ」




アホか。俺だって今自分が何言ってるのかわかってねェんだよ。報われないにもかかわらず? それは俺がに言える科白じゃないだろう。この俺が。報われないだなんて、そんなもの俺だって同じだ。お前が報われないように俺もまた報われないのだ。どうしてこうもすべてがちぐはぐなのか。俺もお前も幸せになんてなれやしない。その原因とも言えるあのアホ天パだけが、俺たちを上から見下ろして嘲るように口の端を歪ませているのだ。その表情を思い浮かべるとさらに腹の中の何かがのた打ち回る。思い出したのはあの雨の日の夜だった。




「夜寂しいからってお前に好意を抱いている男に電話すんのか? ”あの人が好きなんだ”と」




『た、かすぎせんせぇ』
耳元で聞こえた声に心臓が悲鳴を上げたのを覚えている。汗が噴き出したのも。ともすれば吐息が聞こえて聞こえそうなほど掠れた声では口にしたのだ。『好きなの』




「わざわざ俺に電話することねェだろ。銀八に直接電話すりゃいいじゃねーかよ」
「……できるならとっくにしてるもん」




ぎしり、と胸が軋んだ。拗ねたようなその声色は、不安げに揺れている。ちらりと横目での顔を盗み見ると、少し俯いて唇を噛んでいた。それが泣き出さないようにと我慢している彼女の表情なのだと、そう知っているのは俺だけだ。否、もしかしたらアイツもしっているのかもしれない。知っていて、見ないふりをしているのだ。あの男はそういうやつだ。




「……ねぇ先生」
「あ?」
「くるしい、よ」
「アホかテメェは。俺のほうが苦しい」
「だって苦しめてるもの」




そう言っては力なく笑った。壊れてしまいそうなそれさえ半分が計算、そうわかっていても俺の心臓は握りつぶされたかのように悲鳴を上げる。すべて、すべてがの計算だったならよかったのに。コイツが、もっと最悪なやつだったら、そしたら、俺ァ、




「…俺ァお前のそういうところが嫌いなんだよ」
「じゃあ嫌いになればいい」




泣きそうな声では哂った。嗚呼、俺はコイツを笑わせてやることなど一生できないのかもしれない。すぐそばで、一心不乱に助けを求めているのに、俺は彼女を救う術を知らないのだ。彼女を救えるのはたったひとり、それは俺ではない。嫌いになればいい、だなんて、できるはずもないことをさらりと言い放つなど、




「………俺ァ、お前のそういうところが、」
























締め殺したいほど


(でも君は抱き締めることすら許してはくれないのだ)











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090617  下西 糺

発掘。
手ごまにされるしんちゃんにもえます^q^<オホー