「なんだか……和むよなぁ……」 ぽつりと漏らした俺の独り言に、隣に立つライトがピクリと反応した。ちらりと俺を見てから、俺の見つめる先へと視線を動かしたのを気配で感じる。ぽかぽかとした、暖かい陽気だった。柔らかい日差しに、さらさらと音を立てて流れる小川。近くにモンスターがいないことを確認したらしい我らがリーダーが休憩を言い渡したのは、ほんの15分ほど前のことだった。 「かーわいーよなぁヴァニラちゃん」 「……お前はオヤジか」 開けた視界、視線の先ではヴァニラとサッズ、それから彼の雛チョコボが戯れている。戯れているというよりも、ヴァニラとチョコボがタッグを組んでサッズをからかっている光景に見えなくもない。気のせいだろうか。しかし、ひらりひらりとサッズから逃げるヴァニラは本当にかわいい。なんといってもあのふわりと揺れるスカートがとてもいい。すごくいい。思わず漏れた本音をきっちりと拾ったライトが、あきれたような声を零した。 「オヤジって失礼だな。お前と二つしかかわんねーだろ」 「実年齢の問題じゃない。中身の問題だ」 ぐさり。相変わらず手厳しいお嬢さんだな、まったく。口には出さなかったが、表情には出ていたようだ。俺の方をちらとみて、ライトニングは鼻をならした。おいおい、年上に対してのその態度はどうなんですか、と。口に出してもまた冷たくあしらわれることはわかりきっていたので、肩をすくめるだけにしておいた。ライトの視線は、またヴァニラたちに戻される。俺はすこしライトの横顔を見上げて、それから正面、やはり遊ばれているようにしか見えないサッズを視界におさめた。スノウとホープは、川沿いに咲き乱れる花を観察しているようだった。下界にしかない花らしく、なにやらファングが説明しているのが風に乗ってここまで届く。微かなそれをBGMにしながら、ぼうとしていると、不意にライトが口を開いた。 「お前はもっと、真正面から他人と向き合ったらいいんじゃないか?」 「……んあ?」 「へらへらしているから、本気にされないんだ。真剣に目を見て話せば、きっと伝わる」 そうすれば、ヴァニラもお前のことを本気で考えてくれるはずだ。 なにを言われているのか、瞬時には理解できなかった。思わずライトの顔を凝視してしまう。よほど呆けた面をしていたのか、ライトの眉間に皺が寄った。 「なんだ、私の顔になにかついているのか?」 いやいやいや。なんだ? は、こっちの科白だろう、間違いなく。どうやら目の前の美人なお嬢さんは、俺が可憐な少女ヴァニラに淡い恋心を抱いていると誤解したらしい。どんな誤解だ。どれだけ鈍感なんだ。鈍いにもほどがあるぞ。俺は頭を抱えたくなった。否、実際思い切り抱えた。ホープよ、お互い苦労するな。 「どうした?」 覗き込むようなしぐさで俺をうかがうライト。ちっくしょう、ぜんぜんかわいいんですけど。可憐な少女が目じゃないくらい可愛いんですけど。どくどくと速度を増した鼓動を押さえ付けるように一度大きく息を吐いてから、顔を上げる。ばちりとライトの瞳と瞳が合わさって、またどくりと心臓が跳ねた。ぺろり、唇を舐めてから一言。 「違う」 「は?」 「だから、ヴァニラに恋愛感情は抱いてねーってこと」 オッケェ? いまだ腑に落ちないような表情を張り付けたライトは、あいまいに頷いた。おい、ぜんぜんオッケーじゃねーだろその顔。ここまで来るともう対処法すらわからない。馬鹿につける薬はないが、天然につける薬ならあるのだろうか。存在するのなら地の果てまでも探しに行って目の前のこいつに突き出してみたいものだ。 「あいつは妹みたいなモンだ」 「妹……」 「恋愛感情なんかこれっぽっちもねーの」 サッズのおっさんはあれ完全に父親の心境だろうがな。俺の呟きはライトには届かなかったようだ。見上げると、ライトは複雑な表情で地面を凝視していた。親指が、ふっくらとした形のいい唇を行ったり来たりしている。考え込んでいる時の彼女の癖だ。「妹みないなモン」だなんて、不謹慎すぎただろうか。がしがしと頭を描いてから、立ち上がる。それさえ反応を見せないライトのほうに向きなおり、目線程の高さの桃色の髪に手を置いた。 「え?」 「俺、ああいうガキっぽいの好きになんねーんだわ」 「……はぁ?」 「しょうがねーから教えてやるよ、俺のタイプの女性像」 「遠慮する」 「遠慮すんなよ」 呆れたような表情がお前らしいと思うのは俺だけだろうか。ピシャリと即答したライトに思わず苦笑を浮かべそうになり、あわてて口元を引き締めた。苦笑が“へらへら”のうちに入るのかどうかはわからないが、“真剣”のうちに入らないのは確実だ。“真剣”に“目を見て”話せば、伝わる。そう言ったのはライト、お前だろ? 「まずだな、歳の差はプラスマイナスで2歳までだな。どちらかというと年下が好みだ」 「聞いてない。というか、やはり年下好きじゃないか……」 「性格はおしとやかな女よりもじゃじゃ馬娘のほうが好きだな。一緒にいて楽しいだろうし」 「そうか。よかったな」 「容姿は美人なほうだな。たまにかわいいしぐさをされるとツボに入る」 「そうか」 「普段は鈍感だ。鈍感の癖に、肝心なところで妙に核心を突くから手に負えない」 「はいはい」 「それから、意地っ張りだな。虚勢ばかり張るから、見てるこっちは気が気じゃねーよ」 「はいは……え?」 「すぐ呆れるしすぐ拗ねるしすぐ怒る」 「……な、にを、」 俺を見つめるライトのうるんだ瞳。こんなに近くにいるのも、こんなに長い間見つめあっているのも、思えば初めてのことかもしれない。触れたら壊れてしまいそうなのに、消えてなくなってしまいそうなのに、触れずにはいられなかった。頭に置いていた手を、ゆっくりと頬に滑らせる。ぴくりと反応した彼女が、ひどく愛おしかった。桃色に染まった唇は微かに震えていて、どうしてか俺は泣きたくなる。 「それでいて、ひどく、やさしい」 「ぁ……」 もう視線を逸らすことなど不可能であった。吸い込まれてしまいそうなほど澄んだ瞳。見開かれたそれが、俺を捉えて離さない。なあ、どうしたら俺のこの感情がお前に伝わるんだ? どうしたら、お前は俺をみてくれる? だって、お前がいつも目で追っているのは俺じゃなく、 「なあ、ライト」 真剣に目を見て話せば、きっと伝わる。 なあ、ライト俺は、お前のことが、 「ライトさんっ!」 飛び込んできた声に、反射的に身体を動かしてしまった。触れていた手が、お互いが離れることによって急速に熱を失う。外の音が洪水のように押し寄せてくる。視線を引き剥がすと、銀糸が視界をちらついた。 「ライトさん、これ、あげます」 「これ、は……?」 「下界の花です。すごくいいにおいがするんですよ」 ホープがライトに手渡したのは、一輪の赤い花だった。なるほど、たしかに見たことのない花だ。ぽつりと呟くライト。その横顔を見上げていたホープが、ゆっくりと視線をこちらに向ける。顔は無表情だが、瞳の奥がぎらりと光っていた。反射的に、口角を釣り上げる。ホープの眉間に皺が寄ったが、俺の気分はこれっぽっちも晴れなかった。ライトに視線を戻しながら、ホープはゆっくりと唇を開く。 「えっと、お取り込み中、でしたか?」 確認するような声色に、ライトが勢いよく顔を上げた。かちあった目線を、俺は故意に外す。ライトよりもさらに小さいホープの頭に手を乗せ、がしがしと髪を掻きまわした。 「うわっ」 「お前が心配するようなことは、なにもねーよ」 そのまま二人に背を向ける。ライトが、俺の名を、呼んだ。 「ちょっとそこで昼寝してくる。出発するときに起こしてくれ」 振り返ることなく、ひらひらと手を振る。返事はなかった。離れたところにそびえる、一本の大木。その木陰に寝転がって、瞳を閉じた。フラッシュバックするのは先ほどの会話だった。 「へらへらしているから、本気にされないんだ。真剣に目を見て話せば、きっと伝わる」 本気にされたら困るからへらへらしているとは考えなかったのだろうか。兵法に関してはかなりのものだが、こちらの方面のことはてんでだめらしい。他人からの好意に疎いだけならまだしも、自分のそれさえ無自覚だなんて。きっと彼女は気づいていないはずだ。俺が独り言を零すまで自分がなにを見つめていたのかを。スノウは彼女の妹の婚約者だ。最近やっとスノウのことを認めてきたらしいが、それは人間としてであって恋慕とはかけ離れている。そうとくれば、答えなんて一つじゃないか。 「報われねーよなぁ、俺も」 でも、ライトがそれに気づいていないから。ホープが、それに気づいていないから。まだ結果はわからない。とりあえず、この事実は胸にしまっておこうと思う。 柔らかい風が甘い香りを運んできて、さわりと前髪を撫でていった。 |