窓は全開なのに、風なんてこれっぽっちも入ってこない。ぱたぱたと下敷きで風を起こしたけれど、結局だるくなってやめた。7月の最高気温の記録は、日々塗り替えられているらしい。そりゃあこれだけ暑かったら熱中症で倒れたりもするでしょうよ。蝉だってバテているのかまったく鳴いてないもの。こんなむわりと暑い中、数学の問題を解け、だなんて、拷問と言わずに何というのだ。だいたい、テストも終わったし、勉強する意味あるのかな? どうせなら音楽の授業がよかった。音楽室にはクーラーついてるし。もちろん、立海大付属高校って名前の通り、私立高校なんだからクーラーは全部の教室についてるんだけど、残念ながらそれらは稼働していない。なぁにが節電ですか。大切なのはわかりますけどね、それじゃああたしたちが死んじゃうってば、冗談抜きで。ふと校庭を見下ろすと、他のクラスの生徒たちが体操服で走り回っているのが見えた。……訂正する。数学も拷問だけど、あっちのほうがもっと拷問だ。




「、あれ?」




水飲み場の近く、日陰になったところに見知った銀髪を見つけた。バテてるのか座り込んでいるその人物は、ぱたぱたと自分の体操着を掴んで風を送っている。そのたびに、後ろで括られたしっぽがゆらりと揺れた。




「(ああ、仁王のクラスだったんだ)」




2年のときによくつるんだ悪友は、確か暑いところが大の苦手ではなかっただろうか。ほうほう。体育教員の目を盗んで自主休憩にいそしんでいるわけですね。見せつけるように投げ出された、長い脚が憎たらしい。ちくしょう、テニス部のくせに、なんであんなに白いもんかね。普通だったら焼けるんじゃないの? あたしは視線を校庭へと戻した。太陽がぎらぎらと、砂を照らしている。まぶしい。よりによって、行われているのは陸上競技のようだった。トラックでは長距離走と短距離走が、砂場のほうでは幅跳びが。校舎から一番遠いグラウンドでは、あれ、きっとハードル走だよなぁ。手前のスペースには大きなマットがでん、と置かれ、そのわきにポールが立てられている。高跳びかぁ。どうやら仁王は高跳びを選択しているようだ。たった今跳んだ男子生徒が、仁王に近づいてくるのが見える。おやおや、あれはバスケ部部長の阿部くんではないか? どうりでフォームから高さからすごかったわけだ。阿部くんが仁王になにを言っているのかは全く聞こえてこなかったけれど、仁王がだるそうに腰を上げたことから、どうやら「まじめにやりたまえ」というお叱りをくらったみたいだ。熱血まじめな阿部くんは、文武両道で女子に多大なる人気を誇っているけれど、まぁまず間違いなく仁王の好きなタイプではないだろうなぁ。阿部くんに説教をくらっているらしい仁王は、めんどくさそうに頭をがしがしと掻いている。ざまあみろ。すこしおかしくなったあたしは、ふふ、と笑いを零した。その刹那。




「っ、(え?)」




思わず声を上げそうになって、慌ててこらえた。ぱちり、音がしたのかと疑うくらい唐突に、仁王と視線が交わった。いきなりのことにお互い目を見開く。数秒、見つめあっていたのかもしれない。ハッとして、あたしは、視線を数学教員に移す。だいじょぶ、気付かれてない。仁王に視線を戻してから、無表情で手を振った。仁王が目を細める。




「(あー、何か考えてるぞ)」




彼が目を細めるときは、たいていなにかしらよからぬことをたくらんでいるのだ。去年一年間で、あたしはそれを身をもって知っている。そして、思いついた瞬間、仁王の唇がニィとつり上がるのだ。ニヤリと笑った顔が好きだ、と仁王のファンは言うけれど、あたしには悪魔の頬笑みにしかみえない。




「(あーあ、思いついちゃったみたいだよ)」




案の定何か閃いたのか仁王の唇が弧を描く。あたしから視線をそらし、阿部くんに何か告げていた。阿部くんが不快そうに眉を顰めたが、仁王は構わず左手を上げ、彼を追いやるように手を振った。シッシって、それはいくらなんでも阿部くんに失礼だろう。阿部くんは眉を歪めたまま、高跳びのほうへと走っていく。仁王がまたあたしを見上げた。




「え、なに?」




口をぱくぱくと動かして、こちらになにか伝えようとしているらしい。よく見えなくて、あたしは身を乗り出して仁王を見つめた。彼の形のいい唇が、ゆっくりと動く。




「(み、と、き、ん……ああ、見とけ、って、こと?)」




たぶん、「見ときんしゃい」とかなんとか言っているのだと、おもう。確信はなかったけれど、まあそんなところだろうから素直に頷いておいた。仁王が満足そうにニヤリと笑い、あたしから視線を外す。校庭に目を戻すと、阿部くんがポールの高さを変えているところだった。さっき阿部くんが跳んだのよりも少し高くなったポール。仁王が靴のつま先で地面を叩く。あ、もしかして。




次の瞬間には、もう仁王は走り出していた。回り込むようにカーブを描きながら、ポールまで走っていく。完璧な位置での、踏み切り。身体を捩じって仰向けになりながら、吸い込まれるようにマットへと落ちて行った。ポールに渡されたバーは、びくともしていない。きれいな、背面跳びだった。




「う、そ……」




直射日光に照らされ続けていたマットは相当熱かったらしい。仁王はすぐさまそこから脱出して、阿部くんに一言なにか告げてから、こちら側、水飲み場のほうへと帰ってきた。勢いよく跳ねた水を頭からかぶって、ぶるぶると髪の水滴を払う。飛び散った滴が太陽の光を反射して、きらきらと光った。それからこっちを見上げたから、やっと仁王と目があった。いたずらが成功したような、したり顔。




「どうじゃった?」




唇の動きを見ていなくても、彼が何を言いたいのかがすぐにわかってしまった。あたしは、なにも言い返さずに仁王から視線をそらす。掌で口元を隠したけれど、顔のほてりを感じてしまって逆効果だった。仁王には、すべてバレているに違いない。そう、いっつもあいつばかりがあたしの心をもてあそぶんだ。心臓がばくばくとうるさくて、耐えきれなくてあたしは机に突っ伏した。さっきの光景が目に焼き付いて離れない。きれいなフォーム、きらきらと光るなかの、あの、顔。鏡を見なくてもわかる。あたし、いま、顔、真っ赤だ。仁王の、低くくすぐるような声が、耳元で囁いた。




「ほォら、お前さん、今俺に惚れたじゃろ?」




ばか、あんなの反則だ。
























太陽に焼かれた


(じりじりと心臓を焦がすこの熱は、)











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110714  下西 糺

数年前からずっと書きたかったやつ
当初は拍手の予定で、だから名前変換ないんだけど
まあいっか! 的なw
高跳びとかかっこいいよねっていう話です。