「みぎゃあっ!」




口から飛び出したのはもうなんかとんでもない言葉だった。言葉って言うか、あれだよね、すでに音って域だよね! みぎゃあってなんだろうね? わたし聞いたことないよ! 聞いたことなくても口から飛び出しちゃうんだから、人間の声帯ってどうなってるんだろうねー。不思議だねー。だ、なんて、どうでもよすぎることを考える。そうやって、どうでもいいことを考えることによって、じくじくとした痛みを忘れようと頑張った。頑張ったのだけれども、どうやらその努力は実らないらしい。ぺたりと踊り場に座り込んだまま、背後の階段を見上げる。うーわー。一体何段目から転がり落ちたのかな。とりあえず、「きゃっ、転んじゃったやだもぉアタシったらドジっこさんてへぺろ(・ω<)」っていうアレじゃ全然すまされないくらいに左足首が痛い。痛すぎる。恐る恐る視線を足首に落としてみたら、すでにそこは紫になってて、その上腫れてて、見るからに痛々しい。動かそうとちょっと力を入れるだけで、全然動いてないのに激痛が走った。もういろんな意味で気が遠くなった。




「え、え、どうしよう、これ、ほ、保健室、」




どうして、よりによって、体育祭当日にけがなんてしちゃうの。しかも体育祭と全然関係ない、校舎の中でなんて。皆が盛り上がっている声が遠くにきこえて、そのくせ校舎内はだれもいない奇妙な静けさが漂っていて。脚はじくじく痛むし、酷く心細い。保健室、ここから結構遠いのに。ていうか、保健室の先生は、養護テントのところにいるんじゃないのかな? 校庭の。え、うそ。ここから校庭って、かなり、距離があるんですけど……!




「うえぇぇ、ど、どうしたら、」
「……オメー、なにしてんだ?」




半泣き状態でテンパってたら、後ろから、つまり階段の上のほうから、声をかけられた。ジーザス! ありがとうかみさま! どうやらわたしの他にも体育祭中に校舎に用事があるっていう、すいきょう、酔狂な生徒がいたもんなのですな! 一気にテンションがあがって、神様の化身じゃないのってくらいナイスタイミングな救世主を満面の笑みで見上げ、た、


…………え?


きらりと光る金髪はワックスで逆立ててあって、尖った耳にはピアスがいくつもぶら下がっている。今日は体育祭だから、上下とも学校指定のジャージだった。いかにもって感じの銃器が、靡く白鉢巻きとあまりにもミスマッチだ。あああああ。神様? 救世主? ま、さか。
そこにいたのは悪魔でした。




「ひ、っひ、」
「あ?」




蛭魔妖一せんぱぁぁぁぁぁぁぁいいいいいいいいいい!!!!!!
ぶおん、って音がしたんじゃないかってくらいの勢いで、顔をそらす。えええ、うそ! 泥門の悪魔がなんで、こんなところに! 頭の中では蛭魔先輩のうわさがびゅんびゅんと飛び交っている。いつも銃をぶっ放してるとか、他校の不良さんたちを奴隷にしてるとか、人の弱みを握ってあんなことこんなこと命令してるとか。うわさっていうかもうあれじゃん。事実じゃん。いや関わったことないからわからないけど。関わらないようにしてたのに! さようならわたしの素敵な高校生活! 今年こそ彼氏できるんじゃないかって期待してたわたしにグッバイ! こんにちは奴隷生活!!




「……オイ」
「みぎゃ、う?!」
「さっきの鳴き声もオメーか」




な、鳴き声?! あ、階段から落ちた時のか! 話しかけられて、思わずまた蛭魔先輩を見つめると、あきれたような蛭魔先輩の視線が突き刺さる。器用に膨らまされたガム風船は、割れる前に蛭魔先輩の口の中に消える。おお、上手だ。




「1年1組、
「っ、え?」
「文芸部のお前がこんなとこでなにしてる?」




一段一段階段を下りながら、蛭魔先輩が眉根を寄せる。そ、そうですよね! わ、わたしみたいな人間が校舎に用事なんてあるわけないですけどね! いやいや、ただ教室にタオルを取りに行っただけですけれども! それだけです! っていう弁解? 弁解、をしようと思ったけれども、近づいてくる蛭魔先輩に声が出なかった。だ、だって! 遠くからしか見たことなかったから、こんなに近づくの初めてなんですぅ!! 心臓がばくばくいってて、厭な汗がたらりと背中を伝ったのがわかった。わたしの目の前で立ち止まった蛭魔先輩は、わたしのことをじい、と観察する。と、動いていた視線がぴたりと一か所で止まった。その視線を追って、見えたものに思わず息をのむ。うええぇぇぇ。さっきより、足首、腫れて、る。




「捻ったのか?」
「あ、は、はい。たぶん、」




階段からですね、そのですね、落ちまして、ですね。口の中でもごもご言ったけれど、蛭魔先輩には聞こえていないようだった。




「見せてみろ」




その言葉に反応できず、ぽかんと口をあけて蛭魔先輩を凝視してしまう。そんなわたしを無視して、蛭魔先輩はわたしの足もとにしゃがみこんだ。そして、その長い指で、わたしの脚に、触れ、




「い、ぎゃ、」




悲鳴が漏れた。が、蛭魔先輩はそれを無視して足首の様子を見ている。これ以上声が漏れて、「うるせぇ!」って銃を乱射されたら生きて帰れない。唇を噛みしめて蛭魔先輩を見つめた。あああいたいそんなに触らないでくださいあああぐう。なにも考えないと痛い、で頭がいっぱいになるから、できるだけ他のことを考えよう。うんうん。そういえば蛭魔先輩ってアメフト部だったよねたしか。なるほど、だからこんなに筋肉むきむきなのか! 普段は制服だから見えないけど、今は体操着だからきれいな腕の筋肉が見て取れる。ふえー。指先もすごくきれいだ。長いし。指を視界に入れたら一緒に紫色の足首も飛び込んできて、慌てて視線をそらした。あ、蛭魔先輩、すごおくまつげ、長い。いいなー。わたし、マスカラしたってこんな長くならないんじゃないかな。そういえば、蛭魔先輩ってとっても美人さんなんじゃないだろうか。そうか、美人さんだから凄むと怖いんだね。なるほど。鼻筋もすっと通ってるし、唇は薄いけど、覗く犬歯がかわいいなぁ、なんて、顔を見つめていたら、ふと視線を上げた蛭魔先輩と、目が、あ、




「ぎぇ、」




どくり、としんぞうが、はねた。




「折れてはいねーみたいだな」
「え、は、はひ!」
「とりあえず応急処置しとくぞ」




しゅる、と蛭魔先輩は白い鉢巻きを解いた。わー、お揃いだったのか。だなんて考えてたら、蛭魔先輩がその鉢巻きで、わたしの足を、




「っんむぐ!」




いだぁぁぁああっ!! 声が出る前に、慌てて両手で口をふさいだ。あ、あぶない! 蛭魔先輩の耳元で叫んでみろ! 明日の朝日が拝めないぞ!! ちょっと涙目になりながら、蛭魔先輩の応急処置を見つめる。手慣れた様子でわたしの足首を固定して、最後にきゅって縛った。また悲鳴が出そうになったけど、必死で我慢した。そんなわたしの様子に気付いたのか、蛭魔先輩が大丈夫か? って言って、ぽんって頭を撫でたから、びっくりしてなにも言えなかった。え、いま頭撫でられた?




「立てるか?」
「は、はい!」




あれ、蛭魔先輩ってこんなにやさしいの? なんだかとっても優しい気がするんだけど。気のせいじゃないよね? そりゃあ、見かけは、まあ、お世辞にも優しそうってわけじゃないけど、足首みてくれたし、立たせようと手も差し出してくれてるわけだし。あー指、長いなぁ。すごくきれい。恐る恐る手を掴んだら、その体温の低さにびっくりした。わたしの手はいつもあったかいってマキちゃんが言ってたけど、それがもう関係ないくらいに蛭魔先輩の手は冷たい。と、思ってたらその手がわたしのをぎゅっと掴んだから、どくりと心臓がはねた。それと同時にぐい、と引き寄せられる。




「え、ぎにゃ、っ!」
「おっと」




立ち上がろうと左足に体重をかけたら、まるで電気が流れたみたいに足首が痛んだ。思わず力を抜いたら、そのまま蛭魔先輩の胸に、ダイブ、して、しまった。……えええ!!! うそぉぉおおおお!! 完全に思考回路が、もう、ショートしてしまったかのように働かない。右耳が蛭魔先輩の胸にくっついて、どくどくって先輩の心臓の音が聞こえる。「歩けなそうだな」呟くその声がうわあんと反響した。固まってしまって全くうごけないわたしの二の腕を掴んで、蛭魔先輩はわたしを立たせる。と、片足で立つわたしに背を向けてその場にしゃがみこんだ。……え、こ、れは、もしかしなくて、も、?




「ほら、乗れ」




うわああぁぁぁぁああいおんぶですかぁぁぁぁあああ!!!
いやいやおちついてくださいまさか蛭魔先輩のような高貴なお方のお背中をお借りするなんて糞庶民であるわたくしめにはできませぬぅぅうううう! だめですほんとうにだめなんですひそかに存在している蛭魔先輩ファンクラブの会員の方におこられちゃうっていうかボコられちゃうっていうかあああぁぁぁああ!!!




「全部ダダ漏れだぞ」
「ジーザス!!!!」




発狂するように叫んだら、振り向いてわたしを見上げている蛭魔先輩が迷惑そうに眉根を寄せたから、思わず言葉に詰まった。こ、こええ! やっぱり怖いよこの人! でも何を言われようとおんぶはダメ! だめです!




「オイ」
「だ、大丈夫です!」
「早く乗れ」
「ほ、ほんとだいじょぶなので!!」
「チッ」




ぎゃあ舌打ち! 驚く間もなく蛭魔先輩は立ち上がって、立ちあがったと思いきやわたしのおなかにうでを、まわし、て?




「にぎゃあああ! お、おろ、おろし、」
「うるせードタマぶち抜くぞ」




ひいいいぃぃぃぃいいいい!!!!!! おろしてぇぇぇぇえええ!!!!! 悲鳴は口の中で消えた。わたしを俵みたいに担いでから、蛭魔先輩は大股で歩き出す。先輩の肩がおなかに食い込んで痛かったけれど、それを訴えたらわたしの脳味噌に風穴が空いてしまうので頑張って腹筋に力を入れた。目の端のほうで、銃器が、わたしとおなじテンポで揺れている。こ、これ暴発とかしないかな? だ、大丈夫だよね? もう、どうしていいかわからないよ……!!!




「オメー……」
「はひ、ぃ?」
「腰はほせーけどケツはそうでもねェな」




ケケケケっていう不気味な声がおしりのほうから聞こえてきたと思ったら、ぽん、とお尻を叩かれた。ぎゃあせくはら! そう叫んだら蛭魔先輩はとっても嬉しそうに「落とすぞ」って言った。うわぁあんもうやだぁぁああ!!!!




「助けてやったからありがたく思え」
「うううありがとうございます蛭魔せんぱ、」
「っつーワケで、お前俺の奴隷な。一生」
「かみさまたすけてぇぇぇぇええええ!!!!!!!!」




ケケケケって悪魔が笑ったので、わたしは、こころのなかで涙を流したのでした。

























(さようなら日常)(こんにちは、先輩)











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110807  下西 糺

蛭魔×奇声ちゃんでした(笑
蛭魔さんの体操着がかわいくてかわいくて。
あと鉢巻きで応急処置とかされたくて書いた作品です←w
ちなみにまだこの時はぜんぜん蛭魔さんはひろいんちゃんに恋愛感情覚えてないです。
ただ、おもしれぇなーこいつっていうかんじ。そして惚れていくwww
ひろいんちゃんは馬鹿で天然でドジっ子だけど人の長所見つけるのが得意。
そして蛭魔さんのやさしさに惚れるwww
うっわこれ連載全然できそうですねwwwwwwwwwww