「ねぇ、ローはいるかしら?」




焦ったようなクルーに呼ばれて、甲板に姿を現してみれば、見慣れない女が陸から不敵な笑みを此方に向けていた。ふわりと巻かれたブロンドの髪に、シンプルだが躰のラインを強調させるような白のワンピース。グレーの瞳には優越感が漂っている。ぽってりとした赤い唇から零れた名に、わたしは、ああ、と妙に納得した。我らがキャプテンをお呼びのこの女は、どうやら新しいキャプテンの“オンナ”のようだった。




「キャプテンなら、部屋で寝ているとおもうけれど?」
「あら、そう」




そう呟くなり、あろうことかその女はこの船へと足を踏み入れた。甲板にいたクルー達が、ピリリという妙な緊張感を孕んだ視線を此方へ向ける。それを背中に感じながら、わたしは目の前の女がふらつきながらも歩みを進める様をただ見詰めていた。女は、わたしの目の前に立って、不躾な視線を上から下へと走らせる。はっきりって不快だったが、彼女のやりたいようにさせてやる。きゅ、と寄っていた形のいい眉が、見下すような笑みとともに柔らかくなる。すこし舌っ足らずなその喋り方が、酷く勘に触った。




「それで、貴女はローの何?」




相手になにか尋ねる前に、自分が名乗れと親に教わらなかったのだろうか。一瞬考えてから、自分の礼儀すら定かではないわたしがそれを述べるのもどうかと思って口を噤んだ。わたしより頭一つちいさい女は、まるでフォークとナイフ以上に重いものを持ったことがないのではと疑うくらいに、白く細い腕をしていた。括れた腰に、豊満な胸。なるほど、ローの好みなど知ったことではないが、まろやかな曲線を描くこの躰は、雄からしたら蠱惑的に映るに違いない。




「聞いてるの?」
「クルーの一員よ。一応航海士としてこの船に乗ったけれども、最近はキャプテンの身の回りの世話しかしていないわね」




それとも、恋人、と言ったほうが早いかしら?
笑いの滲んだその科白に、目の前の女の眉が顰められる。再度、品定めるような視線がわたしの躰を滑り、女の唇の端は捲れ上がった。




「この船に貴女以外の航海士は?」
「いるわよ。とびっきり優秀なのがね」
「じゃあ、貴女はもう用済みだわ」




ころころと、まるで鈴が鳴るように笑う女に、ぐん、と背中の殺気が強まったのがわかった。発信源はきっと、キャスケットの彼、だ。彼だけじゃない、ほかのクルーたちも不快感をあらわにしているに違いない。それはそうだ。海の上で共に生活する者たち。危機的状況には命すら預けられるその仲間意識は、そのまま異物への排斥に直結する。キャプテンが認めた人間ならいざ知らず、目の前の女はキャプテンの“お遊び”を勘違いしてしまっているまったくの「部外者」なのだ。




「だって、これからのローの世話はあたしがするんだもの」
「アナタが?」
「そうよ。航海士もいるし、ローの世話はあたしがする。貴女はもういらないでしょ?」
「あら、確かにそうね」




のんびりとしたようにそう答えれば、ギロリと女から睨まれた。と同時に、背後からポンと肩を叩かれる。振り向けば、同じようにわたしを睨みつけているシャチが。釣りあがった目が、何をする気だと訴えている。殺気はそのキャスケットで隠しなさいよ、シャチ。




「ちょうどいい、シャチ、アンタこのお嬢さんをキャプテンの部屋まで案内してあげてよ」
「はァ?」
「身の回りのお世話をするんだから、まずは帰ってきてからずっと寝ているキャプテンを起こすことからはじめてもらったら?」




にこり。笑ったわたしに、サッとシャチが顔色を変える。顔に笑みを貼り付けたけれども、どうやら目だけは笑ってないのに気づかれたらしい。そして、わたしの心情と、その復讐にも。彼が何か言う前に、わたしは乗り込んできた女に視線を戻した。あっけにとられている女に、さらに一つ笑顔を送る。




「わたしの部屋をそのまま使えばいいわ。私物は捨ててもらってもかまわないし。欲しいものがあるなら“恋人さん”にオネダリしたらどう?」




わたしの科白を負け惜しみと取ったらしい女は、ええそうね、と勝ち誇った笑みを見せた。焦りながらわたしの名を呼ぶクルーを背に、わたしは船から飛び降りる。ひさしぶりの地面にうきうきした。島へ降りたって、キャプテンの監視つきじゃあ観光した気分にもなりはしない。自由って素敵ね。




「じゃあシャチ、お嬢さんをきちんと送り届けてね」




キャプテンによろしく! 叫んだそれは、きっと彼にとっての死刑宣告に違いない。背を向ける直前、女がシャチに詰め寄っているのを視界の端で捕らえた。白いワンピースが風に揺れる。殺されなきゃいいけど。だってローったら、寝起き最悪なんだもの。スキップをするように軽やかに町へと駆け出す。命令違反? 知らない知らない。だって、自業自得じゃなあい? わたしは町の散策さえ許されないのに、アナタは浮気し放題なんて、それを見逃してあげるほどわたしはできた大人じゃないってこと。




「あ、お金忘れた」




けれどまあ、どうにかなるかな。町でスってもいいし、男の人を適当に捕まえておごらせてもいいし。ああでも、男の人と二人でランチなんかしちゃったら、その人の手足が入れ替わっちゃうかも。まるで我侭な子供の独占欲。食欲と性欲に並んで、強すぎると思うのよ、あの人は。視界が開けて、遠くのほうに家や店が見える。どうやらそれなりに栄えている町らしい。駆け出す直前、ブチギレたキャプテンの顔が脳裏をよぎる。今回の敗因はアナタよ、ロー。まさかあんなお馬鹿さんと一夜を過ごしちゃうなんてね。許すつもりなんてないけれど、謝罪とともに熱い抱擁と、窒息死してしまいそうなほど濃厚な口付けが降ってきたら、絆されちゃうかもね。








スニークプレビュー
(アンタばっかり余裕なんてつまらないわ!)











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110901  下西 糺

名前変換ねーよとか
ロー出てきてねーよとか
それらも問題だけれども
それ以上に!
OPに手を出してしまったという事実がwwwあははあwwwwwwww
もう増えないといいです。手を出しすぎると窒息するゥ
でも、ロー好きだぁ〜