自室の扉を開いた瞬間に、自身のベッドに我が物顔で寝転んでいる人間を見つけたら、誰だって顔を顰めるだろう。その上その人物が菓子なんか口にしていたらそれこそ最悪だ。盛大に舌打ちを零したが、どうやら相手には伝わらなかったらしい。手入れの行き届いた黒髪に交じって、白いコードが見える。人様のベッドを占領するどころか、部屋の主である俺様を無視するとはいい度胸じゃねェか。なぁサンよ。




「おい、
「…………」
「……チッ」




苛立ちに任せてイヤフォンのコードを引っ張れば、驚いたようにが振り返った。遅れて髪が宙を舞う。シャカシャカと漏れている音楽は、今流行りの韓流アーティストの新曲だった。




「わ、お、びっくりした。声ぐらいかけてよ」
「あーん? 無視したのはどっちだよ」




フン、と鼻を鳴らしながら、まだ寝転がったままのを見下ろした。二年ぶり、だろうか。最後に会ったのが確か中学の卒業式だったように思う。俺よりも二つ年上のは、世間一般で言うところの幼馴染だった。否、はとこと言ったほうが分かりやすいのだろうか。とにもかくにも、小さなころから俺はと一緒に育ったということになる。




「ああ、おかえりけーちゃん」
「けーちゃんって呼ぶんじゃねぇよ」




それから、菓子屑を零すなバカが。
悪態をつくも、本人はどこ吹く風、ぺろりと細い指を舐めるのだった。薄い唇から覗く舌に、おもわずさっと目を逸らす。その逸らした先が惜しげもなくさらされている太腿だったので、俺は自身の中の何かを抑えるためにしばし目を瞑るしかなかった。眉を寄せたまま、はあ、と重い溜息を零す。この女はいい加減、自分の状況を理解したほうがいい。




「で、何か用か」
「それが久々に会った幼馴染に言うセリフなの?」
「フランスに行ってたんじゃないのか?」
「うん。大会終わってちょっと暇ができたからね。日本に帰ってきちゃった」




ふわりと笑ったその顔に、ガラにもなく胸が疼く。そうだ、どれだけ容姿が変わろうとも、子の笑顔だけは昔からなんら変わってはいない。




「結果は?」
「うーん、まあまあかな」
「優勝したくせによく言う」
「知ってたくせに、よく言う」




そう言ってにやりと笑うその表情は、昔には見られなかったものだった。心臓に悪いのは確かだが、目を逸らしたらそれを体現しているようで癪だ。同じようにニヤリと笑い返してやる。お前の記事をいちいちスクラップにしていると知られたら、間違いなく俺は羞恥で死ねるだろう。




「そうそう、けーちゃん」
「あ? だからけーちゃんって呼ぶなって、」
「テニス、しようか」




挑発的な色を孕んだ瞳で、彼女は楽しそうに呟いた。
























***
























「わ、けーちゃん強くなったね!」
「う、るせっ!」
「うんうん。スピンもきれいにかかってるし、何よりスピードが上がってるよ!」
「そうか、よっ!」
「はいはいスキありーっ!!」




吸い込まれるようにの打った打球が、コートへと沈む。ラケットを必死に伸ばしたが、あと少しの所で届かずに空を切った。仁王立ちのまま汗をぬぐってコートの向こうへと視線を遣ると、したり顔のと目が合う。睨みつけたが、ニヤニヤと笑い返されるだけでひどく不快だった。




「0-40だね、けーちゃん」
「うるせェ、次いくぞ次」




吐き捨てるようにそう言って位置につく俺に、は「あはは、せっかち!」と笑い声を響かせる。のテニスは基本に忠実だった。何か特別なショットがあるというわけも、ここぞという時の決め技があるわけでもない。しかし、基本に忠実とは、裏を返せば万人に通用するプレーということだ。決して見えないほど速い球ではない。ただ、その打球はすべてシングルスコートの端と端に打ち込まれていた。深い球、きれいなトップスピン。そうかとおもえば突然のスライスショット。あわてて緩い打球を返そうものなら、すぐさまネット際に詰められてアングルボレー。スピン系のサーブは容易に打ち込むことなど許されない。少しずつ、だが確実に点差が開いていく。それがというテニスプレイヤーだった。最近紙面を賑わせている「日本のシャラポワ」。記事を読んだときは笑ったものだが、こうして対峙するとわかる、圧倒的な実力差。俺は、今まで一度もに勝ったことがない。




「はい、ゲームセット」




隙なんてありはしない。サーブを打った勢いのままポーチに出ると、狙ったように足元にボールが返ってきた。勢いを殺した球を返したはずなのに、その地点にはすでにがいて。きれいな山を描いた軌道に必死でラケットを伸ばすが、フレームにあたって鈍い音を立てたそれは、コートの外に落ち、数回跳ねてから転がって行った。にこにことしているが、ネット際に立っている俺のそばに近寄る。体全身で息をしている俺とは違い、息こそ上がっているもののその表情にはまだ余裕が見える。悔しさに唇を噛んだが、差し出された右手を無視することはできない。無言で右手を握ると、へらりとが笑顔を零した。




「いやあけーちゃん、ほんと強くなっててびっくりしたよ。2ゲーム取られちゃった」
「うるせェ」
「こりゃあ3セット勝負だったら負けちゃうかなァ」




わたしも筋トレしなきゃなー。唇を尖らせながらは呟いた。男と女では体のつくりからしてそもそも違う。体力勝負まで持ち込めば俺にだって勝機はある。それをしないのは中学のころからの暗黙の了解だった。体の違いではない。純粋な“強さ”で勝たなければ意味がなかった。次こそは。握手をしたままのの手を無意識に握ると、不思議そうな表情で俺を見上げると目が合った。とたん、どくりと心臓が呻く。




「けーちゃん?」




形のよい唇が俺の名前を呟く。汗でしっとりと濡れている肌。首筋に張り付く黒髪がひどく妖艶だ。体中の血液が逆流しているように熱かった。そっと左手を伸ばして、額に張り付いた前髪を退けてやる。そのまま頬に手を滑らせる。ぴくりと体を震わせたに、ハッと我に返った。




「けー、ちゃ、」
「なんでもねーよ」




握っていた右手も、添えていた左手も放してさっと背を向ける。ああ、きっといま顔が赤い。




「次は負けねー」




ランニング行ってくる。
ぶっきらぼうに呟けば、あっけにとられていたであろうが笑うのが雰囲気でわかった。背を向けたまま走り出すと、一瞬の間をおいて大声で名を呼ばれる。




「けーちゃん! おゆうはん、一緒に食べようね!」




だから、けーちゃんって呼ぶんじゃねぇよ。それを呑み込んで、了承の右手を挙げた。アイツに勝ったら、まず一番初めに「けーちゃん」をやめさせてやる。そうしたら、その次は。
























空色マーガレット












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110903  下西 糺




あれ?
気づいたら書きあげてたぞ?w
製作時間は二時間見も満たないですがどうでしょうか!←
おともだちのちびさくちゃんへのプレゼントです。
跡部より強いヒロインちゃんっていいよね!
負けて屈辱な跡部っていいよね! って言ってたらこうなったw
あーーーーテニスしたいーーーーーー