ジリリリン ジリリリン




ひどく耳障りな音に思わず顔を顰めた。読んでいたジャンプから顔を上げる。自分の足の先、ごちゃごちゃと乱雑にモノが積み上がっている机の上で、黒い電話が無機質な音を立てていた。耳を劈くような甲高いそれが酷く不快だ。それから逃げるようにジャンプを顔の上に被せるが、もちろん電話は鳴りやまなかった。新八ィー。名前を呼んでから気付く。あー、あいつさっき買い物に出かけたわ。




「ったく、めんどくせぇなオイ」




寝転がっていたソファから躰を起こすと、その動きに合わせてギシリと悲鳴が上がる。それを無視し、ぼりぼりと頭を掻いて欠伸を一つ。頭を掻く左手とは逆の手で、黒い受話器を持ち上げた。




「おーこちら万事屋ぎん、」
「ぎんちゃぁぁぁぁああああんんんんんんんんん!!!!!」




先ほどのベルなど比ではない、窓ガラスがビリビリと震えるほどの大音量が受話器の向こうから飛び出してきた。鼓膜へのダメージが大きすぎて目の前がチカチカする。反射的に三十センチ以上離した受話器を、睨めつけるように見つめた。殺意を確実に帯びているであろうその視線は、きっと相手方には一ミクロンも伝わっていないに違いない。叫び声には聞き覚えがあった。つい一週間ほど前まで自身の耳元であんあん言っていた声である。しかし、今現在それはただ不快指数を上げるだけの代物に過ぎなかった。指数を上げるだけというか、あれだ。もう存在自体が不快だ。




「あー、お客様のおかけになった番号は、現在使われて」
「オイイイ! 今自分で万事屋って名乗ったよね?! ちょっと銀ちゃん?!」
「耳元でうっせぇんだよ! 黙れこのクソ貧乳が!」
「く、くそ?! 失礼しちゃう! くそって何よくそって!!」
「それぐらいちいせぇってことだろ貧乳っつーかあれだろ、絶壁だろ」




気だるげにそう答えれば、「キィィィイイ!!!」という超音波の様な声が聞こえてきて衝動的に受話器を叩きつけたくなった。実際の行動に移さなかったのは奇跡だろう。少なくとも、彼女が出て行って3日以内だったならば間違いなくそうしていたに違いない。日めくりカレンダーに視線を走らせれば、それは5日前の日付で止まっていた。数少ない彼女の仕事は5日前から行われていないのである。




「で、なんだよ。なんか用か?」
「……え?」
「だから、わざわざ電話してきて、なんの用だって言ってんだよ」




不機嫌さが声色に滲み出ている。幾段か低くなった声音でそう問えば、受話器の向こうではうぐ、と言葉に詰まった。一瞬の間をおいてまた叫び声が届く。開き直ったかのようなそれは、まるで駄々を捏ねる子供のようだった。




「ちっがう! 用があるのは銀ちゃんでしょ!」
「はァ?」
「おかしいじゃない! なんで彼女の心配しないのよう!」




彼女が家を飛び出したんだから探すくらいしろこのアホ天パァァァアアア!!
キィィイン。再度の耳鳴りに堪忍袋の緒が切れた。




「ふっざけんなよ! 置手紙で探すなって言ったのおめーじゃねぇか!!!」
「銀ちゃんのばか! あれはタテマエにきまってるでしょ気付けよ天パァ!」
「建前なんて書くんじゃねぇよ絶壁! 天パなめんなゴルァ!!」
「うるさいうるさい!」




語彙力がないのかただのアホなのか、というよりそもそも脳味噌のつくりが残念なのであろうが、銀ちゃんのあほばか天パおたんこなす、などと呪文のように唱えるものだから、苛立ちを通り越していっそ気味が悪い。イライラをごまかすように視線を走らせると、机の上に散らばった紙の中に見慣れた文字を発見した。広告の裏に書かれたそれは丸っこい癖字の走り書きで、思慮の浅さが文章だけでなく文字にも表れている。『坂田銀時様へ』




「『あなたにはアイソをつかしました。』」
「のぅ?!」
「『もう顔も見たくありません。声も聞きたくありません。ジッカにかえらせていただきます。』」
「お、おふう!!!」
「『探さないでください。さようなら。より』ってお前これ建前じゃねぇだろ本心だろォォォオオオ!!!」




あほが! このド貧乳が! 泡を飛ばしながらそう怒鳴ると、なにもい返せないのかは「うぐう」と唸った。阿呆だろうこいつ。いや、知ってたけど。知ってたけどあれだ、阿呆過ぎるだろこいつ。




「そもそも何だよ実家って。どこだ? 貧乳星か?」
「ち、ちがっ!!」
「実家に帰るって言ってんのに探さないで下さいとか矛盾してるだろ馬鹿か? 馬鹿だろ? 馬鹿だな!」
「ば、馬鹿っていうほうが馬鹿なんだよー! 銀ちゃんの馬鹿馬鹿! おおばかもの!」
「お前本ッ当に脳味噌足りてねぇよな! どう数えたってお前のほうが馬鹿の回数多いだろ!!」




救いようのない馬鹿である。いやいやどうすりゃいいのこれ? 頭を抱えそうになった瞬間、部屋の外から、正しくは窓からだが、キャサリンの大声が響いた。




「テメェウッセェンダヨ!! 静カニシヤガレ腐レテンパァァアアア!!!!」




ビシャン、と下の階の窓が閉まる音。「うるっせぇんだよこのブサミミ野郎!」という罵倒は必死に飲み込んだ。確かに、真っ昼間だからと言ってこんな大声で話していれば、近所迷惑甚だしいに違いない。下のババアが何か言ってくる分には、家賃を踏み倒すようにスルーすればいいだけの話であるが、問題はご近所さんの評判である。もっと詳しく言えば、あの素敵で優しい花屋さん的な問題である。もし不快な思いなんぞさせてみろ、俺が腐界送りですわほんと。




「わァったよ、とりあえず静かにしろアホ。ゴリラウーマンに怒られてもしらねーぞ」




はぁ。溜息とともにそう吐きだした。こいつは、俺と一緒で故郷なぞありはしない。存在しない実家に帰省できるはずもない。どうせ今回もぱっつぁんのねーさんところに世話になっているに違いないのだ。両の手では足りないくらいの家出回数で、すでに検討は付いている。あいつが行くところと言ったら、ぱっつぁんの実家か、ヅラのところか、真選組か、贔屓にしてもらっている甘味所のばあさん家しか考えられないのだ。ヅラのところに行ったのは確か二回ほどだったが、は少なくともその日の夜には、ヅラに連れられて帰宅していた。エリザベスの背中でよだれをたらしながら眠っていると、その隣でなぜか血まみれになっているヅラ。そんなものが玄関に立ちつくしていたら正直どんびきだわ。真選組はその日のうちに多串くんから電話がかかってくるのである。どうやら、総一郎くんがのアホをけし掛けて多串くんを暗殺させようとしているらしい。そのうえゴリラにも暴力を振るものだから、早々に引き取ってほしいと懇願されるのである。その時ばかりはこちらも申し訳ない気持ちが芽生えたものだ。本人に言うはずもないが。そして、甘味所のばあさんのところに泊ると、は必ず店を手伝うのである。彼女いわく、泊めてもらっているお礼、なのだそうだ。アホでも仕事はちゃんとやるようで、客に笑顔を振りまいている姿も何度か見かけた。その笑顔に絆されて、迎えに行ってしまったことも何度かある。というか同じ回数だけ、ある。そんな甘味所も、もちろん喧嘩した翌日に覗いたが、の姿はなかった。言っておくけど、たまたまのぞいただけだからね。別に心配してたわけじゃないからね。これホントだからね。だから、今回のの家出先はおのずと、




「……違うもん」
「は?」




むすりとそう呟いたに、思わず訊き返す。は? 違うって、




「今は妙ちゃんとこいないもん」
「ハァ? いないっておまえ、じゃあ、いま、どこに、」
「オイ、、」




受話器越し、襖の開く音と共に聞こえてきた声に、背筋がさっと冷える。は、え、どうして、アイツ、が、




「晋ちゃん、」
「まだ電話してるのかよ」
「だって、銀ちゃんが、帰ってこなくていいって、」




オイオイそこまでは言ってねぇよ。突っ込みは口から飛び出すことはない。喉がカラカラに乾いて、息がうまく吸えなくなった。離れたところでの会話を、受話器が微かに拾い上げる。ククク、と高杉が低く笑う音。




「お前、やっぱり振られたんじゃねェのか?」
「ちがうもん! ちょ、ちょっと喧嘩してる、だけ、だ、も……」
「ああ、わかったよ、悪かったから泣くなって」




ぐすぐすとが鼻を鳴らすのが、酷く遠くに聞こえた。カサカサと衣擦れの音がして、「んっ」というの声。それから、高杉の「しょっぺぇ」という声が飛び込んできた。おい、お前今なにしたんだよ。言えよ。ミシリ。鳴ったのはどうやら受話器らしい。




「あ、あたし、ばっかり、銀ちゃんが好き、で、でも、銀ちゃ、は、ちがっ、」
「わかったからもうしゃべんな」




慰めるようにそう呟く高杉の声が優しすぎて、俺の胎がぐつぐつと煮えたぎるようだった。目の前が真っ赤に染まる。おい、どうしてお前がそこにいる。そこは、の隣は、俺の、




「よォ、銀時ィ」
「っ、高杉、てめェ……」
「『探さない』らしいじゃねェか。首輪の付いてねェ野良ネコなら、拾っても文句はねぇよなァ?」




ククク、と愉しそうに笑う声が酷く不快だ。「精々必死で駆けずり回るんだな」という声のすぐあとに、ブツ、という無機質な音。それを聞くか聞かないかのうちに、俺は万事屋を飛び出していた。飛び降りる様に階段を駆け降りる。あああくそが! あのおおばかアホ娘! 馬鹿野郎が! 思いつく限りの罵倒を頭の中で並べながら、歌舞伎町の町を走り抜ける。高杉の居場所なんて、レベル高すぎだっつーの。ふと、喧嘩の原因が、の些細な嫉妬だったことを思い出した。アホか。長年一緒に居るんだから気付けよ。俺、お前以上に嫉妬深いんだけど。
























I'm mad about you!!



(No lie! I swear.)











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110926  下西 糺



クールぶってて実は必死な銀ちゃんもえwww
意味は、「おまえに首ったけ!」(嘘じゃない、誓って)