無心、無心、無心。
 無心になろうとすればするほど、周りの雑音が気になってしまうのはなぜなのだろうか。どうせ会話など聞きとれやしないのだから、耳そばを立てたって仕方のないはず、なのに。どうにかして音を拾おうとしている自分に気がついて、思わず大きな溜息が零れた。隣で作業をしていた相馬がこちらを向く。




「どうしたのくん」
「べっつに」
「元気ないなー」




 しるか。むしろ俺が元気だったことなどあるのだろうか。常のテンションがものすごく低いわけではないのだが、ワグナリアの従業員、種島あたりを「元気」と定義してしまうと、俺が「ローテンション」という部類にカテゴライズされるのは間違いないだろう。なんだかんだ小鳥遊はテンションが高いし、伊波もまあ元気といえば元気だ。違う意味で。




「いつも通りだろ」
「そうかな? 集中できてないみたいだけど、なにか気になるの?」
「……さあな」




 相馬を一瞥することもなく、フライパンを振るう。気付いているのかいないのか、ふうん、という納得と取れなくもない声と共に、相馬の視線は俺から外れた。ほっと、胸を撫で下ろしたその瞬間。ガタリ、通路のほうから聞こえてきた音に、思わず身体が跳ねた。全身の意識がすべてそちらに向けられる。なに、か、物が落ちたのだろうか。それとも。




くん、どうかした?」
「べつに、なんでも、」
「そんなに気になるなら見てきたら?」




 休憩室。
 さらりと述べられたその言葉に、心臓が跳ねた。顔には出ていなかったと、思うが。どうだろうか。相馬という人間は、他人の感情の変化にひどく敏感だ。心を読んでいるのではなく、相手の反応をつぶさに観察して察知しているのだから、ある意味で厄介である。相馬が気付いたということは顔に出ているということだ。




「休憩はさっき終わった」
「残念だよねえ。同じキッチンだから、一緒に休憩することできないもんね」
「おまえは口を動かす前に手を動かせよ」
くん、火、消えてるよ」




 いつもの微笑を顔面に張り付けたまま、こちらをちらとも見ずにそう言い放った。かあ、と顔に熱が集まる。これでは、休憩室が気になって仕方がないと、公言しているようなものではないか。一瞬頭に浮かんだ、佐藤と轟を、すぐさま脳から追い出す。無言でコンロのスイッチを回し、顔に集まった熱を放出するように、大げさにため息をついた。相馬は何も言わない。俺も何も言わなかったから、もうこの話題は終わったと思ったのに。




「しないの? 告白」




 伊波が、できあがった料理を運んでいった。その背中を見つめながら、相馬がぽつりと呟いた。一瞬何の話かわからなかった俺は、少しフリーズしてから、どうやら先ほどの会話の続きであろうことに気がつく。相馬の隣で、同じように伊波を眺めながら、脳内で相馬の言葉を反芻する。告白、か。




「……ありえねーな」
「どうして?」
「どうしても、だ」




 無性に煙草が吸いたかった。ヘビースモーカーではないが、なんとなく口が寂しい時に吸うため、鞄の中にはマルボロが常備されている。しかし、吸うわけにもいかなかった。今日は店も比較的空いているし、キッチンも相馬がいるから、ここを離れても問題はない、はずなのに。どん、というわずかな衝撃と、腰に何かが絡みつく感覚。肩に顔を埋めてきた相馬の、さらりと流れる髪がくすぐったかった。




「相馬?」




 無視とは、全く持っていい度胸だ。すぐさまフライパンに手が伸びたが、なぜかそれを降りおろすことは躊躇われた。「相馬、」できるだけ優しく名前を呼んだつもりだったが、やはり反応がない。参った。お手上げた。




「すればいいのに。告白」
「余計なお世話だ」




 ぼそぼそと肩口で話す相馬の、息が当たるようで落ち着かない。んん、とも、むう、ともつかないような声を漏らしながら、相馬はさらに俺の肩に顔を押しつけた。はあ、と大きなため息が漏れる。ガキかこいつは。




「あれか。お前は俺が振られればおもしろいと思ってるクチか」
「振られればいいとは思ってるけど、おもしろいとは思ってないよ」




 思わぬ台詞に返事が詰まる。ぎゅ、と腰に回された腕に、力がこもった。心臓が跳ねる。ああ、だから、俺は、こいつが、




「だってほら、傷ついたくんを僕が慰められるわけでしょう?」
「……。だから告白しねーって言ってるだろ」
「あ、でもやだな、佐藤くんがくんのこと傷つけるの。くんを傷つけていいの、僕だけだし」
「なあお前人の話聞いてる?」




 呆れたとばかりに問いかけたが、お得意のだんまりを決め込まれてしまった。まるで情緒不安定の餓鬼のようで、相馬らしくない。お前は、飄々としてて、人を食ったような態度で、“上手く”立ち回る、そんな人間だろう? それとも、それらはただの俺の“理想とする相馬”なのか?




「……ったく」




 どうしていいのかわからない餓鬼の対処は、考えたってわかるはずがない。それならば。俺は一つため息を零してから、がしりと相馬の頭を掴んだ。そのままぐりぐりと、頭を撫で回す。その行為は、撫で回すと言うわりには、ひどく乱雑だった。というか、ものすごい力を込めてやった。案の定、相馬から抗議の声があがる。




「ちょ、いだだ、くん、痛いよ?!」
「あたりめーだろ痛くしてんだからよ」
「ひどい!」
「黙ってろマゾガキが」




 痛い酷いと言いながらも、その声はうれしがっているようだった。マゾめ。そしてなんと手の掛かるガキだ。マゾガキめ。いいかげん疲れたので手をおろした。ううーといううなり声が耳元で聞こえて、非常に不気味である。客が帰ったのだろう、特有のチャイムと、種島の声がここまで響いてきた。ぽつり、相馬が呟く。




「……くんだけだよ、僕を子ども扱いするのは」




 回された腕が、俺の腰を締め付ける。痛くはないが、少々苦しい。その腕が、震えているような気がするのは、俺の気のせい、だろうか。




「あたりまえだ阿呆。俺の方が年上だっつーの」
くんって、呼んでいい?」
「お前、本当に俺の話聞いてる? 俺の方が、」
くん、」




 くん、くん、
 あまりにも切なく俺の名前を呼ぶものだから、何も言えなくなってしまった。訂正する。ガキよりももっと厄介だ。泣きそうになりながら名前を呼ぶ、こいつの対処法など、俺は知らない。




「なあ、相馬」
「……」
「俺、自分は不器用だって思ってたけどさ、」




 お前もたいがい、不器用だよな。
 ぽん、と一度頭を撫でる。くん、と、まるで何かを確かめるように、相馬はぽつりと呟いた。
























爪先でをさぐる


(もしかしたら、俺たちは似たもの同士かもしれない)











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111129  下西 糺

初そうま! 初WORKING!!
おもったよりも男主→相馬色が強くなってしまった!www
相馬が甘えられるのはくんだけで、それを知ってるくんは相馬を蔑ろにできず……
結局絆されてつきあい初めてしまいそうだなww
どっちが攻めとかわからない話でしたw