「んむ、」 「…………」 「ぁむ、テツくん、まっ、」 「ふっ、さん、」 「んぁ、んんっ」 うまく息が吸えない。テツくんの舌はすごくあつくて、絡めとられるたびにぞくぞくと背筋が粟立った。汗のにおいがつんと鼻を突く。テツくんの制服をぎゅっとつかんだら、腰に回された左腕に力が込められた。右手が、掻き抱くように髪に絡みつく。 「さん、さん、、」 こんなに余裕のないテツくんは、はじめて見たかもしれない。熱に浮かされたようにわたしの名前を呼びながら、何度も、何度も口付ける。奪われてる、という表現のほうが、正しい気がした。テツくんの舌が唇を滑るたびに、ちいさな音が廊下に響く。それがすごく恥ずかしくて、テツくんの胸板を押すのだけれど、そんなわたしなどお構いなしに、テツくんはわたしのなかを一心不乱にねぶっていく。空気が足りなくて、頭の芯がぼうっとした。 「待って、テツく、ひゃうっ」 「さん、」 首筋を舐められて、甘ったるい変な声が出た。そのままべろりと顎を舐めてから、テツくんは耳たぶに吸いついてくる。声を我慢しようとして歯を噛みしめたけど、我慢なんてできなくて、また変な声が漏れてしまった。 「テツくん、ま、って、ここ、学校、」 「好きです、さん」 耳元でささやかれて、カッと顔が熱くなった。テツくんの汗のにおいと、デオドラントのにおいと、熱い舌で、のうみそはもうぐずぐずに溶けきっていた。わたしの瞳を覗き込んだテツくんは、きれいな眉を少し歪めてから、もう一度「好きです」と言った。 「好きです、さん。好きなんです」 「わ、わたしも、好きだよ。テツくんが」 「好きだ、、」 だからどこにも行かないで。 声にならないようなそれに、わたしが返答する間もなく、テツくんの唇がまた、わたしのそれに吸いついてきた。性急に動く舌が、今のテツくんのこころをあらわしてる、みたいだ。 「やっぱ黒子っちください」 ひさしぶりに会った涼太くんは、中学のころよりも背が伸びてて、声が低くて、相変わらずバスケが上手だった。火神くんを振り切ってダンクシュートを決めたあと、涼太くんはまっすぐテツくんを見つめながらそう述べたのだった。それ自体には、なんの問題も、なかった。だって、テツくんも、火神くんも、先輩たちも、このバスケ部を日本一にするって決めてたから。だから、テツくんが気にしてるのは、そこじゃなくて、 「ぃっ、」 「、」 唇の端を噛まれて、びりりとした痛みが走った。いつの間にか閉じていた瞼を開けると、目の前のテツくんが鋭い瞳でこちらを見つめていた。そのあまりの冷たさに、思わず、びくりと体が跳ねる。鼻先が触れ合うほど近くで、テツくんはわたしの瞳を覗き込んだ。 「今、誰のことを考えてたんですか」 「ち、が、テツくん、あの、」 「答えろ」 唇が切れたのか、なにかが顎を伝う感触。血、だ。すこしだけ目を伏せたテツくんは、その流れる血を親指で無造作にぐいと拭った。テツくんらしくない、その動きと、じくりと走った痛みに、わたしの身体はまたしても震えた。ばん、という音が耳元で響く。逃がさない、とでもいうように、壁につかれた右手。テツくんによって、わたしの身体は完全に身動きが取れなくなってしまった。舌先を尖らせて、テツくんはわたしの唇を舐める。痛いはずなのに、漏れる声はなんだか甘ったるかった。 「黄瀬くんの、ことですか」 「ちが、」 「、」 「オレ、やっぱりが好きだ。じゃないと、だめだ」 涼太くんの言葉が頭の中でリフレインする。その、一瞬の身体の硬直を、テツくんが見逃すはずなかった。なにか、苦痛に耐えるように眉根が寄せられる。テツくんの唇が、震えた。 「さん、ほんとはまだ、好きなんじゃないですか」黄瀬くんのことが テツくんのことばに、頭の中が一瞬で真っ白になる。そんな、そんなこと、ない、のに。ちがう、のに。涼太くんのことは、昔のことで、今は、今は、テツくん、が。わたしのことばは一つとして飛び出してこない。目の前のテツくんの瞳が揺らいだかとおもうと、それは瞼に隠されてしまう。ふ、と短く息を履いたテツくんが、またわたしを至近距離で見つめた。その瞳の冷たさに、ぞくり、と背筋が逆立つ。 「まあ、ボクには、関係ない、ですけど」 つめたく、吐き捨てるようにそう言って、テツくんはまたわたしに口付けた。閉ざされた唇を無理やりこじ開けて、舌を絡め取っては強く吸う。苦しくて、切れた唇がいたくて、わたしはぽろぽろと涙を流した。それに気付いたテツくんが、頬に舌を這わせる。はっはっと浅い呼吸を繰り返しながら、喘ぐように呟いた。 「ん、ぁ、テツくん、好き」 「ボクも、好きだ、さん、」 「ふぁ、んんっ、」 「好き、、、」 あいしてる。 泣きそうな声でそう囁きながら、テツくんはわたしのくちびるにキスをした。ねえテツくん、わたしもテツくんがだいすきだよ。涙がとまらなくて、流れるそれをテツくんが優しく舌でぬぐってくれるのだけれど、こわれたようにそれは流れ続ける。テツくん、好きだよ。好きなの。熱に浮かされるようにそう呟きながら、わたしはゆっくりと瞼を閉じた。好きなのに、なんでこんなに苦しいんだろう。 |