がつん。
 衝撃に星が散った。拳が骨にあたったのか、鈍い音が体の内側に響く。もちろん堪えることなんてできなくて、わたしは床へと倒れ込んだ。目の前がちかちかする。必死で息を吸い込んだのと、お腹を強く蹴られたのは同時だった。かは、口から意味のない音が漏れる。圧迫感に、気管が焼け付くように痛んだ。








「うっ、」








 小さく唸ってから、咳込む。酸欠のせいか、頭の芯が熱く疼いて、目の前が真っ白になった。肩に衝撃。ひっくり返されたわたしの視界に映ったのは、西日が反射する天井、丸い蛍光灯と、無表情でわたしを見下ろしている和くんだった。ひゅうひゅうと息をするたびに、先ほど蹴られた腹部が痛む。せり上がってくるそれに耐えきれず、えづきながらまた咳込んだ。








「知らねぇとでも思った?」








 冷たい和くんの声が、刃物みたいにわたしに刺さる。ごほごほと咳込むわたしを見下ろしながら、和くんはゆっくりとわたしを踏みつけた。じわり、じわりとかけられる体重。右手首、細いそれが、みしりと悲鳴を上げた。ひ、と息を漏らすわたしを、和くんはやっぱり無表情で見つめている。








「ぁっ、」
「なぁ、、オレが気付ねぇとでも思った?」
「っつ、や、いた、和くん、痛い、」
「は? なに?」








 踏みつけられた手首が痛くて、必死で歯を食いしばって悲鳴を押さえつける。和くんはそんなわたしの様子なんか気にするそぶりもなく、ぎりぎりと体重をかけてくる。いたいいたいいたい、やめて、たすけて、いたい。漏れた懇願に、和くんは眉根を寄せた。








「和く、おねが、いたい、」
「痛くしてんだから、当たり前じゃね?」
「っつ、」








 身を屈め、わたしの顔をのぞき込みながら、和くんは冷たくそう言い放った。さらに力を込められて、思わず左手で和くんの脚を掴んでしまった。細められる瞳。急に手首が解放されたかと思ったら、その脚はわたしの肩を思い切り蹴りあげた。








「っあ、ぐ、」








 痛い。身体を守るようにして丸くなったわたしの太股を、和くんはまた強く蹴った。わたしのそばにしゃがみ込んで、前髪をがっと掴む。髪が引っ張られて、いたくて、唇の隙間から悲鳴が漏れた。「こっち向けよ」無理矢理視線をあわせた和くんは、まるで、人でも殺すんじゃないかってくらい鋭い瞳で、わたしを射抜いた。








「っひ、ぅ」
「なぁお前さ、いつになったらわかるわけ?」
「か、和く、」
「いつになったらオレのいうことが聞けるようになんの?」
「っつ、」
「男と話すなっつったじゃん」








 気付かねぇとでも、思った?
 そう言って和くんは唇の端をにいと釣り上げた。三日月みたいに細められた鋭い瞳に、声が出なくなる。身体がぶるぶると震えて、声が、出な、い。違う、ちが、う。違うの、和くん、








「今週だけで三回目なんだけど。なんなの? オレが見てなければいいってこと? なあ、お前ってどんだけ学習しねぇの。何度目だよ、オレにこうやって責められんの。オレがなに言いたいか全然わかってねぇよな、お前。ああ、そうだ、今日の男とはずいぶん話しこんでたけど、なに話してたんだよ。媚でも売ってたの? 相手がサッカー部のエースくんだからってさ、オレ以外の男と喋ってんじゃねぇよ」








 和くんが震える手で髪の毛を引っ張るから、痛みに耐えきれなくてわたしは和くんの手をおさえるのだけれど、和くんはそんなわたしの腕ごと頭を床へと打ち付けた。脳が揺れる。後頭部にがつんという衝撃が走って、一瞬息がとまった。目の前がちかちかする。霞んだ視界の、その向こう側、わたしを組み伏せた和くんは、ぐっと瞳を近づける。その鋭さに、からだがぶるりと震えた。








「なぁ、、」
「あ、ご、ごめ、んなさい、和くん、ごめ、」
「お前さ、オレのこと好きなんだろ」
「ごめんなさい、」
「なんでオレの言うこときけねぇの?」
「和く、ん、わたし、」
「お仕置き、ね」








 首に絡まる節くれだった指。それがぎゅっと気管支を締め付けて、音にならない悲鳴が漏れた。和くんの舌、生ぬるいそれが唇を這ったと思ったら、強引に歯を割って侵入してくる。こわくて、痛くて、くるしくてくるしくて、ついに両眼から涙があふれ出す。ぽろぽろとこぼれ出すそれを、和くんは一度として、拭ってはくれなかった。






























***






























「ん……」








 ひんやりとした感覚に、重い瞼をゆっくりとあげた。電気は付いていなくて、月明かりが窓から部屋に差し込んでいた。頬になにかがあてがわれている感触。それが冷やされたタオルだということに気がついたのと、心配そうにわたしを覗き込む和くんと眼があったのは同時だった。








「かず、く、」
……」








 名前を呼ばれて、気を失う前に何をされたかをハッと思い出した。振り下ろされる腕、引かれる髪、脱がされる服。わたしにあらわれた、その一瞬の動揺を、和くんは察知したのだろう。さっとわたしから目を逸らして、足元を見つめてしまった。ベットサイドに座り込んだまま、和くんは唇を震わせている。目のふちが、赤く染まっていた。ゆっくりと唇を開く。殴られたときに切れたのか、ぴりりとちいさな痛みが走った。








「かず、くん」
「……」
「和くん」
「…………しゃべらなくて、いい」








 痛むだろ。
 そう言って、和くんはやっと顔をあげた。濡れた瞳を震わせながら、和くんがわたしの顔を覗きこむ。おそるおそる、壊れものでも触るように、和くんの指先がわたしの瞼に触れた。鈍い痛みが走る。そっか、なんか見えにくいと思ってたけど、たぶん、腫れてるんだろうな。ん、というちいさな声を漏らすと、まるで和くんが痛みを覚えたみたいに、辛そうに目を細めた。それに、わたしの心臓が、ぎりりとしめつけられる。








「……め、ん」








 ちいさく、吐息と一緒にほんとうにちいさく呟いてから、和くんは恐る恐るわたしを抱きしめた。まるで、壊してしまわないかと不安で仕方ないみたい、だ。背中まで腕をまわして、わたしが壊れてないってわかったのか、さらにきつくぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。蹴られた背中が、殴られた腕が、ずきんと痛んだけれど、わたしは声一つ洩らさなかった。わたしの肩に顔を埋めたまま、和くんはぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめる。じんわりと、肩が湿った。








、好き、好きなんだよ、、好きだ、」
「大丈夫だよ、和くん、だいじょうぶ」
、ごめん、好きだ」
「わたしも、大好きだよ、和くん」








 大好き。それは解けることのない、魔法の言葉。
























失わない魔法


(ごめんねと大好きがエンドレス)











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120703  下西 ただす



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※こちらあくまで二次元のお話で御座います。
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あとがき