「それでさ、真ちゃんったらひどいんだぜー。大学の飲み会でオレのことキス魔って言うからさ、オレそのあと女子からすっげー冷たい目でみられてさー。オレ、キス魔じゃねーってー」




 かちゃかちゃと食器のぶつかる音が絶え間なく響く店内、薄暗い照明の下でいくつもの笑い声が交差した。同窓会、懐かしい面々が中央のテーブルで盛り上がっている。漂うのは香ばしいにおい。唐揚げと、ホッケかな? アルコールのにおいは、慣れてしまったのか全くしない。高尾くんの愚痴のような話に、わたしは「そうだね」と相槌を打ってから、ちらりと隣の席、突っ伏したままの緑間くんを確認する。うーん、微動だにしないけど、これ、ほんとうに大丈夫なのかな?




「だーいじょぶだってー! 真ちゃん酒よえーからさ! いつもこーなんの!!」




 真正面で顔を真っ赤にしながら、高尾くんはそう言って笑った。その拍子に、掴んでいたビールジョッキが大きく揺れる。た、高尾くんも結構酔っぱらってるよね……だいじょうぶ、なの、かな。わたしの心配をよそに、高尾くんはぐびぐびとジョッキのビールを飲み干した。空のジョッキを振って、大声で店員さんを呼び止める。その横顔が、最後に会った日となにもかわらなくて、思わず笑みがこぼれる。うん、やっぱり何年たっても、高尾くんは高尾くんだ。新しいお酒を注文して満足したのか、高尾くんは視線をわたしに戻す。正面から見つめられて、ちょっとどぎまぎしてしまった。んー、とちいさく唸る高尾くん。




「な、なに?」
「んー、いや、あのさ、って、さ、変わったよな」
「え、あ、そうかな?」
「おー。やっぱり三年ぶりだと、雰囲気も変わるもんなんだなー」
「自覚ないけど……高尾くんは高尾くんだよね。変わんない」
「えーなにそれ、オレそんなに子どもっぽい?」




 むすりと頬を膨らませて、高尾くんがこちらを睨んでくる。真っ赤な顔で枝豆をつついている姿は、なんだかちょっとかわいくてくすりと笑ってしまった。そんなわたしの様子をみて、さらにへそを曲げてしまったのか、高尾くんは眉根を寄せたまま「うがー!」と言って机に突っ伏してしまう。サラダの大皿と枝豆の入ったお皿が、がちゃんと不協和音を立てたが、高尾くんは気にせず唸っている。び、びっくりした! この、酔っ払い、め!




「なんなんだよーはオレのことまだこーこーせーだと思ってるのかよーオレはもうだいがくせーだっつーのー」
「ちょ、高尾くん、うるさくするとお店の人に怒られちゃうでしょ、めっ!」
「めっ! とか、かわいーなー」




 机に突っ伏したままへらへらと高尾くんが笑うから、いっしゅんで顔が熱くなる。か、かわいいとか、そんなこと、わたし、高尾くんに言われたこと、ないんですけど。一気に上昇してしまった体温に、へらへらと笑っている高尾くんに、わたしはどうすればいいのかとどぎまぎしてしまう。たしかに、高校時代の高尾くんは、気さくで、クラスのムードメーカーで、皆から慕われてたノリのいい男の子だったけれども、そのときとはまた違った一面に、心臓がばくばくとうるさく鳴っている。燻っていたあの頃の感情がまたぶり返しそうで、わたしは必死に自分に言い聞かせる。ばか、あのときのは、恋なんかじゃない。あれは、ただの、あこがれで、




「なー、聞いてんのー?」
「え、あ、ごめん、きいてる、よ、」




 って、あれ、えっと、ちかくない、ですか、高尾くん。
 正面に座っていたはずの高尾くんは、いつの間にかわたしの左隣に移動していた。隣というよりも、あれだ、斜め前のお誕生日席にいつのまにか、座っていた、のだ。この居酒屋は掘り炬燵だし、もともとわたしたち三人は一番はじっこに座ってたから移動は難しくないのだけれども、問題は、高尾くんとの距離が、近いことで、




「ちょ、あれ、なんか、高尾くん、近く、ない?」
「えーそう? そんなことねーって」




 いやいやうそうそうそ近いってば! どんどん近づいてくるんだけど何考えてるのこのひと?! わたしの動揺に気付いているくせに、高尾くんはわたしの言葉なんて全然無視して、ついにわたしの隣にまで迫ってきた。にやにや笑いの高尾くんに、鼓動が速くなる。ちょ、高尾くん、せまい、よ! なんとかして高尾くんから遠ざかろうとしたけれど、わたしの背中はすぐに温かいものにぶつかってしまう。もうっ、緑間くん、邪魔っ!!




「た、高尾くん、せっかくの同窓会なんだから、こんなはじっこにいないで、みんなのところにいってきたら?」
「えーやだ」
「や、やだって……」
「オレ、が来るからっていうから来たんだぜ?」




 え?
 ぐいぐいと迫ってくる高尾くんの肩を押そうとした両手が、空中で不自然に静止する。恥ずかしくて逸らしていたはずの視線が、高尾くんへと吸い寄せられた。さっきのにやにや笑いがウソみたいに真剣な顔の、高尾くん。その瞳があまりにもまっすぐで、わたしの心臓がどくりと悲鳴を上げた。




「あ、の、それ、どういう、」
「そのまんま。お前が来るって聞いたから、オレも来たの」




 耳元で心臓がうなってるみたいだった。さっきまで聞こえていた周りの音が、全く、聞こえなくなる。高尾くんの瞳が、わたしをとらえてはなさない。だめ、だ、流されちゃ、だめ。必死で視線を引き剥がして、さまよったそれがお酒を捕らえた。そう、落ち着いて、わたし、これは、違う、




、」
「ぁっ」




 カクテルに伸ばした指先は、それに届く前に捕まった。小さな声が唇から漏れたが、高尾くんはそんなこと気にもとめず、わたしの腕を引き寄せる。がしりと掴まれた手首が、あつ、い。さっきよりもずっとずっと近づいた高尾くんが、わたしの前髪をさらりと撫でた。




「なぁ、、キスしたい」
「な、なにを、言っ、」
「お前とキスしてーんだって」




 いつのまにか腰にまわされた高尾くんの右腕。それにぐいと抱き寄せられて、わたしと高尾くんの距離はゼロになった。包み込まれた温もりにめまいがしそうだ。ゆっくりと近づく唇。とっさに、左手で、高尾くんの唇を押さえた。目の前の高尾くんの片眉が、不満そうにつり上げられる。




「んむ、……なにすんの」
「た、かおくん、こそ、」
「え、キスだけど?」
「っ、高尾くんの、キス、魔、」
「あのな、キス魔っつーのはな、誰かれ構わずちゅーしたくなるやつのことだろ」
「いや、しらな、」
「オレがキスしてぇのは今も昔もお前だけ、なんだけど」




 反対側の手首も掴まれたと思ったら、わたしの唇に高尾くんのそれがぶつけられた。びくんと跳ねたからだが、腕ごと抱きしめられる。高尾くんの香りに、のうみそがくらくらした。唇の上を、高尾くんの舌が滑る。触れてる部分が、やけどしてしまいそうだった。息をするのさえはばかられて、きゅっと唇を強く引き結ぶ。その上を高尾くんの舌がなぞるたびに、びくりとふるえるからだ。最後に優しく吸い付いてから、高尾くんの唇は去っていった。いつのまにかつむっていた瞼をあけると、目の前には意地悪く笑う高尾くんが、




「ごっそーさん」




 ぺろりと唇を舐めるその顔に、身体がかあっと熱くなった。高尾くんとの距離はゼロのまま、わたしは身じろぐことすらできない。うそ、わたし、いま、高尾くんと、




って甘いのな」
「う、るさ、高尾くんは、にが、」
「な、もっかいキスしていい?」




 言うが早いが、高尾くんの唇はまたわたしのそれに吸い付いてくる。今度はぬめった熱い舌が、隙間からねじ込まれた。ぐちゅりとくちの中をなぶるそれに、背筋がぞくぞくと粟立った。鼻にかかった甘ったるい声が漏れて、うまく息が吸えなくて、わたしは高尾くんの服をぎゅっと握りしめる。それに気付いた高尾くんが、さらにわたしを強く抱いた。くるしくて、くるしくて、でも、きっと、心臓が走るのは、苦しいからだけじゃ、ない。高尾くんと、キスしてるからだ。高尾くんだから、きっと、




「っはぁ、」




 唇をはなすと、耐えきれなかった甘い吐息が漏れた。気持ちよくて、あたまの芯がぽうっと熱くなる。高尾くんが至近距離で見つめてきたから、わたしは「たかおくん、」と小さな声で彼の名前を呼んだ。顔の赤い高尾くんは、さらに顔を赤くさせて、、」とわたしの名前を呼ぶ。




「あー、」
「な、に?」
「もしかしたら、オレ、キス魔かも……お前限定で」




 そう言って、高尾くんはわたしにまたキスをした。頭がぐちゃぐちゃで、のうみそはぐずぐずに溶けきって、まわりの音すら聞こえないのに、息継ぎの合間の、囁くような好きだけが、耳にこびりついて離れない。
































スターダスト・ダンス


(好きですさん、つきあってください)

(高尾くんそれ普通キスする前に言うんだよ)

(……ごめんなさい)













×

120710  下西 ただす





うはあたかおおおおおおお!!!!
ツイッターにてユイさんと盛り上がっていたキス魔高尾です←
高尾が酔っぱらってキス魔になったら素敵ですよね
から妄想は始まった……!笑


ちなみにお気に入りのセリフは、
「もしかしたら、オレ、キス魔かも……お前限定で」
と、
もうっ、緑間くん、邪魔っ!!
ですwwwwwww