Thanks for 30000HIT!!

Daiki Aomine





 全開にした窓から、強めの風が吹き込んでくる。水分を多量に含んだ、じとりと湿った空気だった。昨日より気温が低いぶん、今日はだいぶ過ごしやすい。すごしやすい、はず、だった。目の前にこの男がいなければ。




「ったりーなァ」
「だからさ、青峰は部活行ってきなって。これは私がやっておくから」
「サボったのバレたらもっとかったりーことになんだろ。いいからとっとと書けよ」




 そういって青峰は大きく欠伸をした。まったく、とんだ災難だ。ただでさえ日直なんて面倒な仕事、ペアの男の子に押しつけて逃げ出したいのに、その相手が、クラスどころか学校中で有名なあの青峰大輝というんだから、神様って意地悪だ。考えるだけで眉間にしわが寄る。別にすごくまじめにやってほしいなんて言ってないけど、せめてやろうという意志くらいは見せてほしかったよ。うん。目の前の椅子に後ろ向きに座った青峰は、ぼーっと窓の外を見ている。「とっとと書けよ」って、お前が書けやゴルァ。罵倒は心の内に秘めておく。青峰にすごまれながら「ああ?」なんて言われたら、さすがの私でもちょっとビビる。




「なぁ」




 突然話しかけられて、ぴくりと手がふるえた。び、びっくりした。クラスメイトとはいえ、青峰とは数えるくらいしか会話したことがない。しかも全部私から、だ。それが、青峰の方から、話しかけてくるなんて、ありえ、ない。ペン先が完全に止まっていることに気付いて、あわてて動かし始める。ちょ、っと、なんで、私が、青峰なんかに、緊張しなきゃ、いけないの。ばかじゃないの。動揺に気付かれてたまるものか。私は日誌を睨みつけたまま、素っ気なく返事を返した。




「な、によ」
「いや、お前って、字、きれーだよな」




 え?
 顔を上げるよりも、視界に青峰の指が飛び込んでくる方が早かった。私の書いた文字の上を、褐色の人差し指がなぞる。う、わ。つめ、おっきい。私とは大違い、だ。その節くれだった指が、私の文字の上を滑るたびに、どくどくと、心臓が、少しずつ、加速する。ば、か、じゃないの。私が、青峰相手に、緊張なんて、




「ち、ちょっと、邪魔しないでよ、バカ」
「はァ? バカはねーだろバカは」
「だって青峰ってバカじゃん」
「バカって言うほうがバカなんだよバァカ」




 いやいや青峰の方がいっぱいバカって言ってるからね。ほんとバカだよね青峰って。
 どうやら拗ねてしまったらしい青峰は、唇をとがらせながらきゅっと眉根を寄せた。頭の後ろで腕を組んで、床の方を睨みつけながらイスをギシギシと鳴らしている。よ、かった。緊張してたのも、声がちょっとだけ裏返ったのも、気付かれなかったみたい、だ。青峰がこっちを見ないのをいいことに、私は上目づかいで青峰の観察を始める。短く切りそろえられたきれいな髪が、窓からの生ぬるい風にわずかに靡いた。うわあ、まつげ、ばっしばしだ。おとこのこって、どうしてまつげふさふさなんだろう。謎すぎる。それから、すっと通った鼻筋。耳は、ちょっとおおきめ、だ。ちらりと覗く歯が白くて眩しい。そういえば、青峰の瞳は何色なんだろうか。気になって一瞬見つめたけれども、青峰が視線をあげる気配がしたので、慌てて日誌に目を落とした。げ、全然進んでない。




「……」
「…………」
「……」
「…………」




 き、きまずい。
 もともと私も青峰も喋る方ではないけれども、それにしたってこの沈黙は気まずすぎる。なにより、青峰の視線がまっすぐ私に注がれていることが問題だった。心臓が、またばくばくと暴走をはじめる。顔に熱が集中して、ペンをもつ指先が震えてしまいそうだった。え、なに、なんなの。なんで見てくるの。青峰の考えてることが、ぜんぜん、わからない。ふわふわと集中できない頭で、必死に文章をつくりあげてる時だった。「おい」青峰の低い声に、ペンを取り落としそうになる。「な、なに」声は裏返らなかった。




「お前、好きなやつとかいねーの?」




 はい?
 突拍子のなさすぎる質問に、私は驚いて顔をあげてしまった。思ったよりも近くに青峰の顔があって、思わず息を呑む。「え、あ、」唇の隙間からするりと意味のない言葉だけが漏れて、頬が熱くなる。慌てて視線を落として、日誌を睨みつけた。え? 好きなやつって、え、っと、どういう、




「オイ、聞いてんのかよ」
「え、あ、うん、いない、よ」
「へー」
「えっと、青峰、は?」
「あー……いる」




 ぼそりと呟かれた瞬間、心臓が掴まれたみたいにギリリと痛んだ。え、なんで、どうして。疑問が浮かんでは、しゃぼん玉みたいにパチンとはじけて消える。さっき頬に集まった熱が、ウソみたいにさっと引いていく。べつに、青峰が、誰を好きだろうと、私には、関係なんて、




「もしかして、も、」
「さつきじゃねぇよ」




 必死で絞り出した声は、最後まで発することなくしぼんで消えた。ぎろりと青峰に睨まれて、慌てて口を閉じる。も、桃井さんじゃないのか。てっきり、桃井さん、なのか、と。だって、桃井さんは青峰とも仲がいいし、幼馴染らしいし、美人だし、かわいいし、それから。ズキン、心臓がまた痛んだ。




「だって、桃井さん、美人じゃん」
「あーそうか? まあ乳はでけェけどな」
「……サイテー」
「あ? 好きになったら乳とかどうでもいいだろ」
「…………どんなひと?」
「は?」
「だから、好きな人は、」




 どんなひと?
 口に出した直後、すぐさま後悔が押し寄せてきた。な、に、言ってんの。私のバカ。ほんと、バカ。青峰がどこのだれを好きだろうと、私にはぜんぜん、これっぽっちも、関係ないのに。どうしてわざわざ聞いたりするの。聞きたくないって、わかってるのに。聞いてもどうしようもないって、私には、どうしようもないんだって、わかってるのに。どうしてわざわざ聞いたりするの。どうして青峰の目を見れないの。どうして、どうしてこんなにも、心臓が、




「あー、そうだな。気が強い」
「……ふうん」
「口が悪くて、ツンツンしてて、そのくせ一所懸命で、」
「ふーん」
「オイ、聞いてねェだろ」
「きいてるきいてる」
「ほんとかよ」
「きいてるきいてる」
「お前のことなんだけど」
「きいてるきいて、」




 え?
 なにを言われたのか一瞬理解できなくて、全ての思考が停止する。え? いま、なんて? 口を開けたまま、青峰を見つめると、青峰はまっすぐと私を見つめていた。その深い、海の底みたいな瞳から、目が、はなせ、ない。どくどくと耳元で走る心臓、息をうまく吸うことすらできなかった。いま、なんて? 聞き間違えじゃなければ、今、青峰は、




「オイ、聞いてんのかよ」
「え、あの、いま、あれ、え?」
「お前、混乱しすぎ」




 あまりの支離滅裂な言葉に、青峰は小さく噴き出した。目が細められて、白い歯が覗く。私の心臓が、きゅっと締めつけられた。う、わ、その顔は、反則、なんですけど。笑いながら「口開いてるぞ」って青峰が私のおでこを小突くから、私は口を閉じるやらおでこを押さえるやら忙しくてかなわない。顔が、あつ、い。にやりと笑った青峰に、脳内はショートしてなにも考えられなくなる。突然青峰の手が伸びてきて、私の机に置き去りにされていた日誌を取り上げた。ぱらりとめくって確認してから、それをぱたんと閉じる。




「仕方ねーから持ってってやるよ」




 フン、と意味もなく鼻で笑って、青峰は立ちあがった。ぎぎぎ、とイスが擦れる音に、混乱したままの私はびくりと身体を振るわせる。「じゃーな、」というあまりにも軽いあいさつをして、青峰は背を向けて歩き出した。え、あれ、帰るの? 単純な私の頭は一気にそれでいっぱいになってしまう。もしかして、さっきのはなにかの聞き間違いだったんじゃないの? それか、目を覚ましたまま夢を見ていたに違いない。うん、そう、きっとそうだ。だって、あり得ない。青峰が、あの、青峰が、私のことを、




「ああ、」




 教室を出る直前、扉に手をかけたまま青峰が突然声をあげたから、また私の身体がびくりと跳ねた。肩越しに振り返った青峰と、ばちりと視線が合う。海の底のような藍色の瞳。私の名前を呼んで、青峰はにやりと笑った。




「返事、考えとけよ」




 バタン。勢いよく扉が閉まる。残されたのは、未だおでこを押さえている私と、床に転がったシャープペンシルだけ。どくどくと走る心臓に、なぜだが目元が熱くなった。
 考えとけよ、だなんて、そんなの、答えなんて一つしかないよ、青峰。
























リリカルメープル



(Title by ace



















Thanks for 30000HIT!!

120718 giocatore/下西ただす
design by Pepe