「別れ、よう」




 衝撃に息が詰まった。はうつむいたまま、こちらをちらともみようとはしない。薄暗い教室。窓の外、陰々たるその空が、まるでこの現状を表しているようだった。別れよう? どういうことだ。口がカラカラに乾いて、のどがキシリと痛んだ。混乱した頭では、理解が追い付かない。どういう、ことだ。




、それは、どういう、」
「そのままだよ。テツ、別れよう」




 眉根を寄せたまま、苦しそうにがボクを見つめる。その表情に、体中の血がサッと凍るようだった。ああ、知っている。彼女のこの瞳を、射抜くように鋭く、そして深い深いその瞳を、ボクは知っている。そう、彼女の瞳が暗く輝くのは、決まって彼のことを考えている、ときだ。ぐらりと腹が熱をもった。ふざけるな。自分の感情ばかりで走るだなんて、そんなの赦されるはずがない。そうしたら、が走り始めてしまったら、ボクの感情はどこに行きつけばいい。




「納得できません」




 淡淡とそう述べると、の瞳に動揺が走る。きっとボクは、かつてないほど無表情だ。それを彼女が恐れているのは知っている。知っているが、どうしようもないしどうする気も起きなかった。感情を読まれるということは、自身にとって不利なことしか起こらない。それはいつもの自分の建前だった。だから、いつだって無表情を心がけていた。いつだって。ぐるぐると腹の中で黒い熱が渦巻いて、吐け口を求め低く唸った。ともすれば胃液すら吐きだしてしまいそうだった。煮えたぎる感情。表情をつくらないんじゃない。こんなとき、どんな表情で彼女を見つめればいいのかがわからないだけだった。のたうち回る熱を押し込めるように、強く拳を握った。




「急にそんなことを言われても、ボクは納得しないし、とは別れない」
「で、も、やっぱり、」
「そもそもボクの告白を受けたのはですよ。ボクは君がボクを好きじゃないことも知っていましたし、それを承知で告白しました」
「好きじゃない、わけ、じゃ、」
「恋愛感情を伴わないのは好きでないのと同義です」




 ぴしゃりと言い捨てると、は目を細めて潤ませた。その反応に、やはり彼女はボクに恋愛感情など抱いていないと再確認して、心臓が鷲掴みされたようにギリリと痛んだ。知っていた。彼女がボクを異性として意識していなかったことも、彼女が彼を恋い慕っていたことも、彼女が彼を諦めたいと願っていたことも。彼女の恋が成就しないと知っていて、彼女が弱っていると知っていて、彼女に付け込んだのはこのボクだ。それは同情でもなんでもない、ボクの心からの感情だと知っていて、彼女は承諾したのだ。そう、あのとき契約は成されたはずだった。それが、いまさら、自分だけ救われるなど、赦されるはずがない。




「話はそれだけですか。帰りますよ、、」
「違う、テツ、」
「なにが、」
「間違ってるよ、こんなの」




 こんなの、間違ってる。
 小さな声で、それでもしっかり呟かれたそれに、体中の毛が逆立った。カッと頭に血が上って、一瞬目の前が真っ白になる。間違って、いる、だと。ふざけるな。ふざけるなふざけるな。ギリ、と奥歯を噛みしめて、目の前のを睨みつける。間違いだって? ボクととの今までの時間が、今までの関係が、今までの感情が。ボクが君に抱く感情が、間違い、だと? ふざけるな。ボクの纏う空気の変化を感じ取ったのか、の身体がびくりと震えた。思わずあとずさったの、細い手首を強く掴んで、無理やり引き寄せた。机に肘がぶつかって、がたりと大きな音が響く。机と机との間、広くない通路に、彼女を押し倒した。リノリウムの床に広がる、黒い髪。不安げなの瞳に、ぐらりと腹の熱が揺れた。間違いだって? ふざけるな。




「いた、テツ、いたい、」
「間違ってる? どこが間違っているんですか」
「それは、」
「ボクが君を好きなことですか? 君がボクを好きじゃないことですか? 君が、」




 君が青峰くんを好きなことですか。
 の瞳が見開かれる。ハッと息を詰める気配。それに、また腹のあたりが燃えるように痛んだ。彼女の手首を、さらに強く床へと押し付ける。ボクの声だけが、低く重く沈んでいた。揺れるの瞳から、ボクは視線をそらさない。




「知らないとでも思いました? 言ったでしょう? ボクは君が好きだと。好いているひとの感情に、気付かないはずはないでしょう」
「テツ、わたし、」
「言ったでしょう、なにがあろうとボクは君のことが、あなたのことが、好きだと。その意味に気付かなかったとでも?」




 が言葉に詰まる。ああ、苛々する。テツ、とそう呼ぶその声ですら、ボクを苛立たせる要因にしかなりはしない。その呼び名だって、彼を真似たかっただけだと知っているからだ。ボクに近づいたのだって、ボクの手を取ったのだって、全部、ぜんぶ、




「べつには気にしなくてもいいですよ。ボクは初めからすべてわかっていました。君の気持がボクにないことも、君が誰を好いているかも」
「っ、じゃあ、」
「それで自分の気が済んだから別れるというのは、少々自分勝手すぎませんか」




 言葉を失ったの首筋に、顔を埋めた。べろりと下から舐め上げて、強く吸い付く。拒絶の言葉は無視した。喉元にキスをして、鎖骨までなぞってからそこに噛みつく。じわり、にじんだ赤を丁寧に舐めとった。白い肌に熱い舌先を押し付ける。やめて、テツ、いたい、おねがい、ゆるして。なきごえのようなそれをふさぐように、荒々しく口付た。赦さない赦さない赦さない。ボクを見ない君も、彼を見つめている君も、なにもかも。赦さない、君だけ前に進もうとするなんて絶対に赦さない。だってボクは君を好きになったその瞬間から、縛られたかのようにその場から一歩も動けやしないのに。赦さない、




愛しています。




 愛を囁いた数だけ、それが君の足枷になればいい。
























背骨を数える舌先


(腰までなぞったら、そこにい印を刻もう)(君が逃げ出さないように)
title by 模倣坂心中











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120722  下西ただす
腰にキス:束縛







腹黒子第二弾\(^0^)/
黒子くんすごく……すきです……。
ロールキャベツ男子が好きでしかたないですね!
最近裏一歩手前みたいなのおおいですいつか裏書きそうでこわいwww