「高尾くん、苦しいの」 ぎゅっとオレの手を握った彼女が小さくつぶやいた。西日が、彼女の黒髪に反射してきらりと光る。冷たい空気が漂う放課後、誰もいない教室。彼女の唇がふるりと震えたけれど、たぶんそれは寒さのせいなんかじゃ、ない。俯いている彼女の表情は窺えないけれども、その瞳はゆらゆらと揺れていることが簡単に想像できた。冷たい指先。白いそれは、まるで陶器みたいだ。細くてふっくらとした指先が、オレの手のひらから熱を吸い取っていくかのようで。 「苦しい、の、」 「……そうかよ」 絞り出した言葉は不自然に揺らいでいた。まるで、オレのほうが、苦しいみたいだ。いや、みたい、なんじゃない。いつだって、どんなときだって、オレのほうが苦しいのに。それでも、苦しいと、そう訴えてしまったら、それを認めてしまうことになると。意地を張ったって、よけいに苦しくなるだけなのに、それでもやめることなんかできなくて、目の前の彼女に捕らわれてしまっているなんて、わかりきっていることなのに、 「ここが、ね、苦しい」 ひゅ、と咽が鳴ったのが、自分にもわかった。ふくよかな膨らみにてのひらが押しつけられて、駆けていた鼓動はさらに速度を増す。「や、めろ、」悲鳴のような科白は、しかし、拒絶を孕んではいなかった。現に、押しつけられた右手は、彼女の小さなてのひらを振りほどこうとする動きなど、ちらとも見せていない。 「苦しいの。彼のことを、考えると、苦しくて、わたし、」 「っ、やめ、ろ、」 やめろ。低く呟いたのと、彼女がさらにオレの手のひらを自身の胸に押し当てたのは同時だった。ぴくり。指先が震えて、息を呑んだ。彼女の柔らかい肉体が、ブレザー越しにでもはっきりと感じ取れた。ごくり、唾液を呑み込んだ自分に眩暈がする。は、中学生じゃ、あるまい、し。たかが、女の、胸に、触った、だけで。しかし、それが“たかが”という言葉で表現しきれないことだ、ということは、オレの心臓にははっきりと理解できているようだった。急速に巡る血液。どくどくと異常な速さで鼓動を刻むそれに、脳味噌がかっと熱くなった。「高尾くん」鈴の鳴るような声。ゆっくりと視線を上げたと目が合って、どくん、心臓が握りつぶされたかのように痛んだ。激痛。耳鳴りが止まなくて、周りの音なんてこれっぽっちも聞こえないのに、の声だけがまるで水のようにするすると脳内に流れ込んでくる。 「ねぇ、高尾くん、もっと触って、ほしい、な?」 オレの手首を掴んだ彼女は、それをゆっくりと胸元から侵入させた。強引に割り込んだせいで、彼女のブレザーが引っ張られる。いつもより少しだけワイシャツの部分が露出しただけなのに、酷く卑猥に見えるのはなぜだろうか。ぐっと彼女が力を込めると、先ほどよりもはっきりと胸の感触が、下着の感触までも、指先に伝わってくる。その弾力に、目の前がちかちかした。探るように、指先が彼女の胸元を這う。たった一枚の布切れが煩わしくて、いっそ下着ごと引き千切ってしまいたかった。 「わかる? わたしのここ、どくどくいって、苦しいの」 甘えたような声に、頭の芯がぼうっと熱を持つ。オレの顔をじっと見つめながら、は瞳をぐらりと揺らした。真黒なそれに見つめられて、脳内が沸騰しそうになる。白魚のような彼女の指先が、ブレザーのボタンを外した。いつのまにか、オレの手首の拘束は解かれている。 「苦しくて、苦しくて、わたし、どうしたらいいの?」 「……知ら、ねーよ」 「嘘。高尾くん、うそつき、だね」 知ってる、癖に。目を細める。オレのてのひらは、這うようにして、彼女の胸を揉んでいる。ちろり、きれいに並んだ白い歯の隙間から、赤く熟れた舌が顔をのぞかせた。ちいさなそれ、てらてらとした唾液が、きらりと西日を反射する。ぺろり、見せつけるように唇を舐めた舌先に、噛み付きたくなった。痛い、と顔を歪めるが頭をよぎる。彼女の血は赤いのだろうか。 「ね、高尾くん」 キス、したいな。 甘ったるい声とともに、の腕がオレの首にまわされる。冷たい指先が首筋を掠めて、全身にぞわりと鳥肌が立った。まるで、死人みたいな、冷たさだ。それでも、もっと触れてほしいと、そう願っているこの感情は何なのだろうか。 「誰か、来たら、」 「だいじょうぶ」 「見られたら」 「だいじょうぶ」 宥めすかすようなその声音に、心臓がぶるりと震えた。オレの左手はいつの間にかの腰を撫でていて、それに気付いているは誘うようにまた自身の唇を舐めた。細められた瞳、ぎらりと光るそれ「はやく、たかおくん、」言葉が終らないうちに、の小さな唇に噛み付いた。ぎくりと震え、逃げだしそうになる彼女の身体を押さえつけるように両腕で掻き抱く。ぁ、という悲鳴のような微かな音。開いた唇から舌を捩じ込ませると、のであろう血の味がする。じゅぷり。自分の唾液を彼女の舌に刷り込むように、強く舌を絡め合う。苦しそうに眉根を寄せるに、ぞわりと背筋が疼いた。背中にまわした両手を、ワイシャツの中に滑り込ませる。びくん、と跳ねたの身体。キスの合間の吐息が唇にかかって、脳味噌が沸騰したかのように熱い。 「んはぁ、んむ、はぅ、」 「っは、」 ぱちり。ホックが外れたのが、指先の感触でわかった。今にも崩れ落ちてしまいそうなの身体を、目の前の机に押し倒す。ん、という鼻にかかった甘ったるい声が、オレの興奮に拍車をかけた。制服を脱がす時間すら惜しくて、半ば引き千切るようにワイシャツのボタンを外した。ブラジャーをずりあげて、胸の先端へ吸いつく。がたりと鳴る机。まるで祈るようにきゅっと目を瞑ったが、小さく喘いだ。 「っぁ、っふ、」みどりまくん。 小さく呼ばれた名を。オレは聞こえないふりをして。主張するように尖ったそれを、キスをするように愛撫した。たとえばの話。たとえばオレが君を好きだとして。君が緑間を好きだとして。君を手に入れたいオレは、どうやったら君がオレを見てくれるのかを考える。好かれたらいいのか、いっそ嫌われればいいのか。君を殺せばいいのか、緑間を殺せばいいのか、君の目の前で俺が死ねばいいのか。わからない。出口なんて、ちっとも見えやしない。朝がきて、夜がきて、また朝がきて、もう一周。目で追うごとにオレは君に恋をして、そして君はいつかオレの感情に気がつくだろう。緑間が手に入らないと知った君は、それでもどうにかして彼を振り向かせたくて、必死にもがき足掻く君は、いつかオレを認識して、誘惑して、きっと、そう、きっとこうなると。まるで神様がいるかのように、オレのシナリオ通りに事は進む。オレだけのカミサマ。オレだけの楽園。目をつむった君は、オレをオレだと認識せずに、まどろみ夢を見るだろう。楽園に迷い込んだうさぎさん。愚かな君は、オレの黒を緑に染めて、あまいあまい夢をみるだろう。それがオレの目的とも知らぬまま。 「っふぁ」 ちいさく喘ぐ君がかわいくて、オレはまた唇にキスを落とす。ねぇ、真ちゃんとおそろいの香水、気に入った? |