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Tsunayoshi Sawada

 かみさま、助けてください。たいへんなことになりました。




「ねーねー、いいじゃんちょっとだけだからさ!」




 どどどどどうしよう。目の前にはしらないお兄さんがにこにことしながら立っている。わたし、ものすごく人見知りってわけじゃないけど、でも、知らない人に話しかけられたら、誰だってどぎまぎしちゃうと、思う、の。そのうえ、その背の高いお兄さんが3人もいて、にこにこっていうよりはみんなにやにやって笑ってて、ずんずんとこっちにせまってきてたら、とにかく、逃げようとする、と、おもう。




「あの、すみません、わたし、急いでるの、で、」
「すみません、だって。かーわーいー」
「なァ、危ないからお兄さんたちが送ってってあげるよ」




 ふるえる手のひらをひっしに握りしめて、がんばって言ったのに、ぜんぜん、相手にされなかった。それどころか、さらに一歩踏み出されて、びくりとする。どう、しよう。あたりは真っ暗で、ひとっこひとりいなかった。どくどくと心臓がいやな音をたてて、それをおさえようと財布を握りしめる。わたし、ばかだ。わたしは、うきうきとスキップしてた、さっきの自分をなぐりたくなった。夜中に、ちょっとした好奇心で、コンビニなんて行こうとするから、ばちがあたったんだ。こっそり家を抜け出して、アイスでも買いに行こうなんておもった、数分前のわたしを呪いたい。




「あの、ほんとうに、大丈夫、です」




 必死で拒絶してるのに、お兄さんたちはぜんぜん気にしてない。まるで、どこかのマンガみたいだ。あれだ、コテコテの少女マンガ。ナンパしてきた男の子に絡まれた主人公を、気になってるクラスメイトのかっこいい男の子が助けてくれるっていう、そんなありきたりなストーリー。でも、そんなの夢のまた夢だ。だって、わたしはクラスに気になる男の子なんていないし、うまれてから彼氏ができたことなんて一度もない。そりゃあ、去年一緒のクラスだった野球部の山本くんとか、ちょっと不良っぽい獄寺くんとかは、かっこいいってみんな騒いでたけど、男の子とそんなに話さないわたしにはあんまり関係がなかった。つまり、こんな場面で助けに来てくれるような男の子なんて、わたしにはいないのだ。だから、だから、どうにかして、逃げ出さないと、




「つーかまえたっ」




 あっ、という声は、お兄さんたちの笑い声にかき消された。ガシリ、と手首を掴まれる。伝わってくる熱に、ぞくりとからだが震えた。こわ、い。あわてて振りほどこうとしたけど、お兄さんの力は強すぎて、ぜんぜん、びくともしなかった。焦っているわたしがおもしろいのか、お兄さんはにやにやと笑いながらわたしのうでを引っ張る。




「ほら、夜道は危ないからさ、とりあえず車乗りなよ」




 お兄さんたちの後ろ、ちょうど裏路地のあたりに止めてある車をみつけて、背筋が凍った。これ、ほんとに、やばい、どうしよう、




「は、はなしてっ!!」
「放すワケないじゃん? お兄サン達はねェ――……」




 お兄さんたちが何なのか、結局わからなかった。バキッ、という重い音がしたかと思うと、ふっと手首を掴んでいた強い力が、消えた。目をつぶっていたから、なにがおこったのか全く分からないわたしは、おそるおそる、外のようすをうかがう。びっくりしたような顔をしてるお兄さん2人が、こちらを見つめていた。え? あれ? ゆっくりと、足元を見下ろす。わたしの手を、がっちりと掴んでいたお兄さんが、地面にたおれて目を回していた。顔は殴られたみたいに腫れてて、そばに空き缶が転がっている。ふわりと、甘いオレンジのにおいがした。……え? い、ま、なに、が、




「あーあ、なんで俺っていつも面倒ごとに巻き込まれるんだろう?」




 路地の出口、電柱が立つその下から聞こえてきた声。そこには、だれかが立っていた。あかるすぎて、よくみえないけど、おとこのこ、みたいだ。そのひとは、「はァ、」とため息をついて肩を落とす。え? あのひとが、たすけて、くれた、の?




「オイ! てめぇ、何しやがる!!」
「お前らこそ何やってんだよ。男3人がかりで女襲って」




 怒り出したお兄さんたちとは違って、助けてくれたのだろうおとこのこは呆れたようにそう言った。その声が、おもったより高くてびっくりする。だって、年上じゃなくて、まるで、




「てめェ……死ねっ!」
「あっ、危ない!!」




 残されたお兄さんたちが、おとこのこに殴りかかる。思わずわたしは叫んでいた。だって、わたしを助けてくれたひと、身長、わたしよりちょっと大きいくらい、だとおもう。暗いからよく見えなけど、きっとそんなに年もかわらない。そんなひとが、お兄さん2人にかなうわけ、




「遅すぎ」
「うぐっ!」
「なっ、!!」




 めのまえのできごとに、わたしは開いた口がふさがらなかった。だって、信じられ、ない。なぞのおとこのこは、自分よりも20センチ以上背の高いお兄さんのパンチをするりとかわし、そのまま鳩尾にきれいなひざ蹴りをおみまいしてやったのだ。完全にヒットしたのか、蹴られたお兄さんは低くうめいてずるりと地面に倒れこむ。




「……まだ、やるか?」




 せき込むお兄さんを見下ろしていたおとこのこは、ゆっくりともうひとりのお兄さんを見つめた。低い声。それがあまりにも冷たくて、わたしの背筋までぞくりと冷えてしまった。う、と言葉に詰まったお兄さんは、ひどい悪態をつきながら、転がったお兄さんを担いで逃げてしまった。……逃げ足、はやい。




「おい、大丈夫か」
「ひっ」




 3人が乗った車が走り去るのをぽかんと見ていたわたしは、とつぜんおとこのこに話しかけられておもわず悲鳴をもらしてしまった。それに動じるでもなく、おとこのこはつかつかとこっちに寄ってくる。あまいオレンジの匂い。




「ったく、ガキがこんな時間にうろうろしてんじゃねーよ」
「え、あ、う、」
「怪我は?」




 助けてくれてありがとうございますとか、めいわくかけてすみませんとか、いっぱい言うことはあるはずなのに、わたしのあたまのなかはちがうことがぐるぐるとまわっていた。この声、きいたこと、ある。わたし、知ってる。ゆっくり近づいてくるそのシルエットも、おもえばみなれたものだった。う、うそ……。さっきとは違う意味で、心臓がどくどくと音を立てる。近づいてきたおとこのこは、「おい、」と言ってから驚いたように目を見開いた。くらやみのなかで光る、鳶色の瞳。間違いない。




「さ、沢田、くん……?」
「………………うそだろ」




 信じられないようなものを見た顔で、沢田くんはぽつりとそうつぶやいた。え、し、信じられないものをみたのは、わたしのほうだよ。あたまがパンクしてしまったみたいに、かんがえがついていかない。え、うそ、あれ、沢田くん? わたしが誰なのか気づいた沢田くんは、眉を思いっきりひそめて低くうめいた。えええ、うそ、沢田くん?!




「え、あれ、沢田くんがどうして、いま、あれ?」




 意味のない言葉がぽろぽろと零れ落ちる。だって、学校での沢田くんは、ダメツナって言われるほど、勉強ができなくて、スポーツができなくて、さっきみたいな喧嘩なんて、できるはずも、




「なぁ、」
「ひいっ」
「なにもみてない、よな?」




 わたしの肩を両手でつかんで、沢田くんはにーっこりと笑う。それが、なんだかものすごく怖くて、まるで脅されてるみたいで、だらだらとひやあせが流れた。こ、こわいよ、沢田くん! 完全に固まってしまったわたしの肩を、笑顔の沢田くんがぎりぎりとつかむ。い、いたいよ、沢田くん!




「ねぇ、聞いてる?」
「あ、は、はい! きいてます! 沢田くんが、実は、めちゃくちゃ喧嘩が強いところなんて、なんにも! これっぽっちも! みてないです!」




 おもわず敬礼しながらそう答えたけど、沢田くんは目を細めてチッと舌打ちした。舌打ち! 普段の沢田くんからは想像できないその行動に、わたしの頭はもういっぱいいっぱいだった。え、ちょっと、まって。と、いうことは、ふだんの沢田くんは、ほんとうの沢田くんじゃなくて、さっきの、喧嘩が強かったり、今の、こわい沢田くんが、ほんとうの、




「悪かったな、怖くて」
「ひっ、え、エスパー?!」
「声に出てるんだよ全部」




 ひいいい!! 不機嫌そうな顔をして冷たく言い放つ沢田くんに、背筋がキーンと冷えた。えええ、わたし、ど、どうなっちゃうの?! あわあわとしてるわたしを無表情でみおろしてから、沢田くんはにっこりと笑った。だから、その笑顔が、こわい、です!




「ねぇ、」
「は、はいっ!!」
「黙ってないと、どうなるか、わかってるよねぇ?」




 にっこりとほほ笑みながら言われたら、“ハイ”のほかに何も言えるはずがない。声のでなくなったわたしは、必死で首をぶんぶんと縦に振った。満足したのか、沢田くんはやっとわたしの肩から手をはなす。じいんと指先がしびれた。




「じゃあ、帰ろうか。送っていくよ」
「え、あ、大丈夫だよ、あの、」
「送って、いくよ?」
「お、おねがいします」




 笑顔がこわいよ、沢田くん! あの、優しいほわほわとした沢田くんはどこへいっちゃったの?! 歩き出す沢田くんの後ろを、すこし離れてついていく。えええ、これ、鈴ちゃんとかに、報告したい、けど、言ったら、わたしの命がない、きがする。これ以上ないほど笑顔な沢田くんを想像して、ぶるりと震えてしまった。こ、こわい! うん、よし、今日のことはこころにしまっておいて、もう、わすれよう。そうしよう。学校であっても、なにもなかったみたいに、むしろ無視をする勢いで、対応しよう。そうしよう。心の中でそう決意したとき、前を歩いていた沢田くんが、ぴたりと足を止めて振り返った。きれいな笑顔で名前を呼ばれて、おもわず見とれてしまう。にっこりと笑ったまま沢田くんは、




「これからも、よろしくね?」
「……え?」
「よ ろ し く ね ?」
「は、はいっ! よろしくおねがいします!」




 かみさま、助けてください。たいへんなことになりました。















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120519 giocatore/下西ただす
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