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Tetsuya Kuroko

 ふ、あああ。眠い。
 うつむいて、必死であくびをかみ殺した。お昼ごはんの後の授業は、本当に拷問みたいだ。そのうえ、世界史だなんて、ほんと、寝てくださいって言ってるようなものだとおもう。世界史の担当は、隣のクラスの、おじいちゃん先生なんだけど、その先生はずーっと呪文みたいにピューリタン革命について唱えてる。から、それが子守歌になって、クラスのみんなはほとんど寝てしまっていた。私の席は教室の一番後ろ、窓から二列目だから、教室が全部見渡せる。あーあ、阿部くん、ノート床に落としちゃってるし。今日は天気がいいから窓をあけてあるんだけど、風もそれなりにあるから、どうやらそのせいでとんでっちゃったみたいだ。ふわり、とカーテンがゆれる。視線を空に移してから、何気ない仕草で、ちらりと隣の席をみた。




「(黒子くん、も、寝てる……)」




 色素のうすいきれいな髪が、風に吹かれてふわりと揺れ動く。片肘をついて、顎を支えてるけど、ぐらぐらしないなんてすごいなあ。右手は開きっぱなしの文庫本を押さえていた。そのページが、風に遊ばれてぱらぱらいっている。黒子くん、授業中に読書してたんだ。なんだかおかしくなって、誰にもばれないように口元を緩めた。まさか、ずっと片思いしてた黒子くんの隣の席をげっとできるなんて、今月のわたしは本当についてると思う。はじめは、恥ずかしすぎて左側をみることすらできなかったけど、最近は「おはよう」「ばいばい」くらいなら何とか言えるようになった。目は見れないけど。だって、黒子くんの瞳って、ごまかせそうにないんだもん。こころのなかが、すべてみられているような錯覚。ちょっと苦手だけど、そこがまた、すてきなんだよなぁ。




「……」




 黒子くんが寝てるのをいいことに、わたしは普段できない彼の観察をはじめた。んー、みみ、ちっちゃいなあ。まつげはそんなに長くないけど、ふっさふさだ。くちびるは薄くて、でもぜんぜん荒れてない。黒子くんのくちびるを見つめていたら、なんだかどきどきしてきた。わ、わたし、へんたい、みたい、だ。でも、黒子くんのこのくちびるから、「おはようございます」ってあいさつと一緒に、わたしの名前が飛び出てくるんだから、それだけでわたしはうれしくなって、胸がきゅんとしてしまう。黒子くんに名前を呼ばれたときのことを思い出して、一人顔を赤くしていると、かたんっ、と黒子くんが小さく飛び跳ねた。




「……っつ、」
「…………ふぇ?」




 黒子くんの眼が見開かれる。それにおどろいて、変な声が出た。幸いまわりのひとにはきこえてなかったみたいだけど、黒子くんにはばっちりきかれていたらしい。視線がぴたっとあって、心臓がどくんと跳ねた。黒子くんの頬が、さっと赤くなる。




「見て、まし、た?」




 ものすごくちいさなこえで、黒子くんが恥ずかしそうに言うから、ほんとはいけないんだろうけどついつい笑ってしまった。あれだよね、うたたねしてるときとかによくあるやつだよね。たしか名前があったんだけど、テレビで見ただけだから忘れてしまった。わたしもよくやるけど、あれってすごくびっくりするんだよね。黒子くんの、驚いた顔が頭から離れない。くすくすと笑ってるわたしをみて、黒子くんが拗ねたようにまゆを寄せた。ごめんね、と手を合わせる。唇を尖らせる黒子くんに、きゅんと心臓が跳ねた。見透かされないように、視線を手元に落とす。ルーズリーフの端っこを切り取って、小さく書きつけた。




ごめんごめん、つい笑っちゃった




 ちら、と教卓のほうを盗み見る。うん、大丈夫、こっちみてない。ふたつおりにしたそれを、黒子くんに手渡した。一部始終を見てた黒子くんは、すぐにそれを開いてから、シャーペンをかちかちと鳴らす。なんだか気恥かしくて、わたしは視線を宙へと投げる。わ、どうしよう。黒子くんと筆談ができるなんて、思ってもみなかった、な。緩みそうな頬を必死で引き締めながら、黒板を見つめる。返事を書いたのであろう黒子くんが、コンコンと自分の机をノックしたので、わたしは視線はそのままに、右手でこっそりルーズリーフを受け取った。どきどきしながらそれを開く。ちょっと癖のある、角ばった字だった。




まさか見られているとは思いませんでした。




 くすりとわらってから、その下に返事を書く。返事はすぐに帰って来た。




よくやっちゃうよね。なんていうんだっけ? あのびくってなるやつ
ジャーキングですよ。
そうそう! ジャーキング! すっきり〜
この間貴女もなってましたね。
う……あのときは、廊下で転んだ夢を見たんだよっ!
確かに、転ぶ夢はよく見ますね。
黒子くんはどんな夢見てたの?




 とつぜん、黒子くんからの返事が途絶えた。ど、どうしたんだろう。わたし、へんなこと、きいてない、よね? 頭の中で会話を思い返してみたけれど、黒子くんを怒らせるようなことは、書いてなかったと、思う。もしかして、夢の内容、きいちゃまずかったの、かな。手元のシャーペンをくるくるとせわしなく回す。じわり、と不安が迫ってきた。どうし、よう。黒子くん、怒っちゃったの、かな。いくらまっても返事が来ないから、意を決してちらりと、ほんの少しだけ、黒子くんの様子をうかがった。




「っ、つ」




 び、びっくり、した。
 息を呑む。わたしの視線は、ばちんって音がしたんじゃないかと言うくらい勢いよく、黒子くんのそれと交わってしまった。心臓がばっこんばっこんと思い切り跳ねる。え、なんで、黒子くん、わたしのこと、ずっとみてた、の? えっ?




「……」
「……?」




 いつものあの、感情の読めない顔で、黒子くんが手招きをする。……手招き? 口を小さく動かして、なにか言っているけれども、呪文みたいな先生の声にかき消されて全然聞き取れない。困った顔をすると、黒子くんはもう一度手招きをした。ど、どうしよう。先生を横目で見て、大丈夫って確認してから、黒子くんのほうに身体を寄せる。ちいさな声で名前呼ばれて、聞き洩らさないよう、さらに近づいて耳にてのひらを添えた。その、手首を、がしりと掴まれる。え、という吐息が洩れたのと、黒子くんの湿った唇がわたしのほほに触れたのは同時だった。空気をつんざくようなチャイムの音。




「はい、今日の授業はここまで。起立」




 がたがたと、イスが擦れる音が響いたけれど、わたしはその場から立ち上がることすらできなかった。口を開けたまま、ぽかんと黒子くんを見つめることしかできない。「お返し、ですよ」立ち上がりながら、黒子くんはそう呟いた。その口元は、わたしの気のせいじゃなければ、つりあがって、いて、




「いくら夢とはいえ、やられっぱなしは性に合わないので」




 これでおあいこ、ですね。
 そう言って、黒子くんはきれいにわらった、のだけれども、あれ、どうしてだろう、せすじが、さむく、




「それから、あんまり無防備な顔を見せないでください」




 え、黒子くん? ちょっと、まって? あれ、いま、わたし、なにされた、の?
 なにがなんだかわけのわからないわたしは、あいさつが終わってもイスに座ったままだった。帰り支度をしたクラスメイトたちが、ざわざわと教室を後にする。黒子くんはわたしにお構いなしで、世界史の教科書を鞄に入れてから立ち上がった。びくり、わたしの身体が跳ねたのを見て、また黒子くんがたのしそうに眼を細める。




「それでは、今日の夜に」




 さようなら。
 わたしの手になにかを握らせて、黒子くんは部活へと行ってしまった。まだ混乱したままのわたしは、てのひらにクシャリとねじ込まれたそれを開いて、さらに眼を回してしまった。11の数字と、9時以降、の文字。なんどみても、それは、間違いなく、




「ねー帰ろー……って、ちょっと、顔真っ赤だけど大丈夫?!」




 ぜんぜん、大丈夫じゃ、ない、よ。頭はもう完全にショートしていて、わたしは真っ赤になったまま、ちいさな紙をくしゃりと握りしめることしかできなかった。




「それでは、今日の夜に」




 かみさま、どうしましょう。とんでもないことになりそうです。
















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120519 giocatore/下西ただす
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