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獄寺


「こ、こわいよはやとくん!」
「おまえしずかにしてろよ!あねきに見つかるだろ」
「、ごめん……!」

 例のごとく地獄の発表会から抜け出した獄寺は、今度こそ失敗するまいと城の使用人用の勝手口から脱走を試みた。が、そこには既に鍵がかかっていて。仕方無しに戸棚の中に隠れようとしていたところを、ちいさなちいさな彼女に発見されてしまったのである。このままでは見つかって連れ戻されてしまう。さりとて、彼女を一人置いていくわけにもいかない。結局、仕方無しに、二人で戸棚の中に潜むことになったのである。

「まっくらだよう……」
「いいからだまっとけって」
「こわい……」

 狭い戸棚。必然的に体は密着することになる。触れ合った肩が震えているのに気付き、獄寺は狼狽した。巻き込みたかったわけではない。怖がらせたかったわけではもっと無い。獄寺の眉にきゅ、としわが寄る。罪悪感が心を圧迫した。

「わりぃ……出るか?」

 小声での提案に、ふるふると首を振ったようだ。長い髪が獄寺の顔に当たった。

「でも、こわいんだろ?」
「だいじょう、ぶ」

 何が大丈夫なんだ。そうもらしそうになった獄寺は、あわてて口元を引き締める。きっと、少女の瞳には溢れんばかりの涙が溜まっているのだろう。本当なら、一刻も早く此処を飛び出したいはずだ。しかし、今きっと城内では使用人総出で獄寺を捜しているはず。飛び出していって見つかったら一環の終わりである。それを危惧し、彼女はこの空間から脱出することが出来ないのだ。きっと心細いであろう彼女の小さいてを、獄寺は握った。

「はやと、くん?」
「ちょっとはこわくなくなるだろ?」

 握っているのは手のはずなのに、獄寺の頬は何故か熱くなった。子供のクセにひんやりした手だ、と子供ながらに思う。

「はやとくんの手、あったかい」
「はしってきたからだろ」

 きっとその所為だけじゃないけど。

「あんしん、する…………」




「……おい?」


 返事はない。耳を澄ますと聞こえる寝息に、獄寺はひとつ溜息をもらした。どうやら、かなり気を張っていたらしい少女は、それがぷつりと切れてしまったのか、静かに眠っているようだった。震えていた肩を思い出す。やっぱり心が苦しくなって、獄寺は手を握ったまま、ちいさな体を抱きしめた。手は冷たいのに、体は温かい。なぜだか獄寺の瞼も重くなっていき、気付けば戸棚の中は物音ひとつ、しなくなっていた




 ガチャ

「あらまぁ……」

 使用人が戸棚を空けると、そこには寄りそいあって眠る二人が

「本当はいけないのだけれど……あと、ちょっとだけ」

 くすりと女性がわらったのは、また別の話である
(戸棚のアリス)









山本


「……ゆき?」

 傘を差そうとした手を止めてどんよりとした空を見上げる。重苦しい灰色の雲から舞い降りてくるのは真っ白の雪の結晶。手を差し伸べればそれはひやりとした感覚をわたしに齎して、すぐに消えた。

「そっか、もう冬だもんね」

 ぽつりと呟いてから傘を差し、わたしは粉雪舞う外へと足を踏み出した。遠くから、運動部の掛け声が聞こえる。先ほどまで降っていた雨の影響でグラウンドは使えない。たぶん、校舎のどこかで活動しているはずだ。ひとっこひとりいないグラウンド、彼がいつもいた、校庭の片隅、野球部の練習場所をチラリと視界におさめる。桜のように雪が舞うそのなかで、そこだけが霞んで見えた。

「たけ、し……」

 唇からこぼれたそれは、雪と共に地面に落ちていく。足元を見つめた。この雪と一緒に彼へのキモチもとけてしまえばいいのに。……とけてしまうなら、こんなに苦労はしないのだけれど。ぴちゃん、足元で水がはねるたびに、彼の顔を思い出す。

 たとえば、初めてのデートのときのちょっと照れたような顔、
 たとえば、野球の大会で、バッターボックスに立ってピッチャーを見つめる真剣な顔、
 たとえば、下校途中にこっそりクレープ食べに行ったときの、
 たとえば、初めて手をつないだときの、
 たとえば、はじめて、キスをしたときの、

 頬を水滴が伝うのが、ぴりぴりとした空気の中でわかった。あわてて指先で拭う。手袋をしていない指先の感覚はすでにない。

「なぁ、なんか寒くね?」
「そりゃ、冬だもん」
「……手、見てるだけで寒い」
「今日手袋わすれちゃって」
「じゃあ」

 こうすれば寒くないよな。
 照れたようににっこり笑う武の顔が離れない。わたしの右手は武の左手に掴まれて彼のポケットへ。わたしより、ひとまわりも、ふたまわりもおおきい、武の手。ぎゅっと握れば、武もぎゅってかえしてくれた、のに。

「さむいよ、たけし
(とけないさくら)
(手袋をしないのは君が手を握ってくれるのを待っているからなのです)
(握ってくれないことなんてわかりきっているけれども)









レノ


「ぎゃー! ツォン、雪! 雪降ってる!!!」
「……みればわかる」
「つもるかなーつもるかなー」

 ツォンの反応は冷たい。しかしそれを気にする風でもなく彼女は鼻歌を歌いながら窓の外を飽きることなく見つめている。そのあまりの熱心さにイリーナも口を開いた。

「先輩って雪、好きなんですか?」
「うん! だいすき!」
「なー、俺と雪、どっちが好きだ?!」
「ゆきっ!!」

 満面の笑みに、レノはダブルの意味でノックアウトされた。ルードが呆れたように息を吐き出す。うなだれたレノをみてツォンも皺を寄せた。こうなってしまってはエースなんて使い物にならない。どうしたものか。

「ツォン! ねぇ外行ってきていい?! 外!!」
「自分の現実を見てから言え。」

 そう言ってツォンはデスクを指差した。目を逸らしたくなるような現実が天井に達するまでつみ上がっている。はしゃぎ声が一瞬にして止んだ。先ほどまで騒ぎの中心人物だった彼女は俯いてしまっている。室内の無数の冷たい瞳がツォンを突き刺した。しばしの沈黙。

「………………半分片付けたら行っていい。」
「本当?! やった! ツォンさん大好き!!」

 被害者一人、犠牲者一人。犠牲者の分まで仕事をやらされるであろう苦労人一人。そんななか女性陣だけがニコニコと仕事に取り掛かった。

「ねぇイリーナ、ちっちゃい雪だるまつくろうね!」
「はい! あと雪ウサギもつくりましょう!」




 というのが今朝の10時過ぎの様子であった。そして、イリーナたちが仲良く雪遊びに行ったのが30分前。

「レノーーーーー!!!」

 社内に甲高い声が響く。呼ばれた張本人、丁度ツォンに出来上がった書類を提出していたレノは声の聞こえてきたほうへと振り向いた。
 刹那。


 ベチャッ


 お笑い芸人のパイよろしく、レノの顔面は真っ白な雪で覆われた。一瞬前にそれを悟ったツォンは提出された書類ごと彼から飛びのいている。

 沈黙。

 無言でレノはモロ顔にぶっかかった雪、すでにみぞれに近いほど水分を含んだそれを拭い取る。その部屋にいた人たちの視界に飛び込んできたのは、笑顔を浮かべる彼と、

「あ、え、れの、ごめ・・・」

 激しく汗を流している彼女だった。

「あははーそんな汗かいちゃって、どうかしましたか、オジョーサン」
「ちょ、レノ、おちつこう?!」
「俺はいつでも落ち着いてますよ、と」
「うそつけぃ!!」

 なるほど、さすがタークスのエース。すばやい、もうそれはすばやいスピードでレノは標的へと飛びかかった。しかし、それを事前に察知していたのだろう。慌てて飛びのける彼女にレノは絶対零度の微笑を向けた。

「逃がさないぞ、と」
「レノ! 目が! 目が笑ってない!!!」

 びゅん、と扉の横に立っていたルードのそばを風が吹き抜ける。獲物逃亡。捕獲者逃走。残された資料の山を視界に納めながらツォンはため息を吐き出した。行っちゃったっスねぇ〜とポツリともらすイリーナを睨みつける。

「……どういうことだ、イリーナ」
「えーとどうもこうもですね……」

 ぎゃああああぁぁぁあ!!!
 遥か彼方から聞こえてきた悲鳴をツォンは無視した。

「止めなかったのか」
「ていうか、先輩がレノ先輩が居ないとつまらん! って走ってっちゃってですね」
「……レノも相当の鈍感だな」
「まぁ、五月蝿いのが居なくなっただけでもよしとするか」
「にしても、いーなーレノ先輩。一途な彼女が居て」
「……まだ彼女じゃないだろう」
「ああ……いつになったら、だな」
「春っスねぇ……」


「レノ! ゴメン本当ごめんまさか顔面に当たるとはぶふっ!!!」
「おいオマエいま笑っただろ!よしそうか覚悟しろよこのレノ様の力をみるがいい!!」

 ぎゃああうあうああうううぁあああ!!!!  二度目に聞こえてきた奇声を聞き流し、イリーナは珈琲を啜る。本日のミッドガル天気予報。
(ゆき、ときどき、きみ)









切原


「せんぱーい! 見てください綺麗に雪積もってるっスよ!」
「赤也、ここmostがmoreになってる」
「誰も踏まなかったんスねここ!!」
「こっち、自者比較だからtheはいらないの」
「ねー先輩あとで雪だるま作りましょうよ! ちっさいの!」
「…………」
「す、スンマセンっした」

 睨みつけると赤也は小さく縮こまった。追い討ちをかけるように私は手元のプリントを赤也へと渡す。にっこりと、それはそれはきれいな笑顔をつけて。

「じゃ、間違いの指摘はしたから帰ってもいいよね?」
「え、うそっ?! せんぱ、スンマセンっ!!」

 ぱちんと両手を合わせて頭を下げる赤也が可笑しくてついつい私は噴出してしまった。
 そとは一面銀世界。昨日から振り続けていた雪はやみ、校庭に敷き詰められていた真っ白な絨毯は、昼休みに男子たちによって形を変えられてしまった。今は放課後。もちろんこれだけ雪が降れば部活など中止である。よって、私はそそくさと帰る準備をしていたのだが。

「すまないが・・・赤也の追試に備えて英語を見てやってくれないか?」

 1ミリもすまなさそうな顔なんてしてない柳に呼び止められたのだ。もちろん、断ろうとしたのだ。断ろうとしたのに。

「うわぁ助かるな。ありがとう」

 笑顔の幸村にこんなことを言われてみろ。断れるはずがない。開いた口は何か言葉を発する前に閉じられた。さいあくだ、一般市民の私が魔王にかなうはずがない。そうして私は寒い部室で凍えそうになりながらこのバカに英語を教えることになったのだ。

「ねぇ赤也もう帰りたい」
「せんぱい! ちょっと待ってくださいあと3問なんっス!!」
「その台詞20分前にも聞いたよ赤也くん」

 手元のプリントとにらめっこしてる赤也に呆れてため息をついた。英作じゃないんだから、そんなに悩まなくてもいいのに。

「悩まなくてもいいのに、って、先輩が『しかるべき理由をつけて答えを出せ』って言ったんスよ」
「あれ? 声にでてた?」
「バリバリ」

 チラリ、と赤也が上目遣いでこっちを見る。慌てて私は視線を窓の外に移した。白く光るコートが見える。

「せんぱーい? きいてます?」
「きいてるきいてる」
「……ずいぶんっスねぇ」

 反則でしょうさっきのは。心の中で呟いた。上目遣いだなんて、まったくこれだから嫌なのだ。なんで、よりによって、赤也と、

「そういえばいまさらっスけど、俺らって今2人きりなんですよねー」

 ガタン

 ……しまった。
 そう、本当、今更。広くない部室。いつもにぎやかなそれとは打って変わって、二人きりの此処はひどく静かだ。そんな状態だったら、机の上においてた肘が、ずり落ちた音だけでも凄く響く。誰がどう見たって今のは、意味深な、動揺であって、

「あれー? せんぱーい?」

 目の前でニヤニヤしてる後輩が憎らしくてたまらない。睨みつけずには居られなかった。今更睨んだって効果などないとわかりきっているのに。鏡なんて見なくてもわかる。私、絶対、顔、赤い。

「先輩って時々凄く可愛いですよね」
「……死んでしまえ」
「ひどーい!」

 俺、傷ついちゃいました! ……笑顔で言うなこの馬鹿也。私それどころじゃないのに。体中の熱が集中したように顔が熱い。

「先輩」

 赤也の声のトーンが下がる。いつものおちゃらけた彼からは想像できないような、鋭い瞳。まっすぐな視線に耐えられず、私は窓の外を見た。

「あ、」

 思わずこぼれた声に、何事かと赤也も視線を窓に移す。相変わらず外は一面銀世界なのだけれども、

「また降ってきたっスね……」
「……傘、忘れた」
「じゃー相合傘して帰りましょうよ先輩?」

 にっこり。無邪気な笑顔のはずなのに、なんで幸村を思い出したんだろ。

「はいはい。いい子は早くそのプリントおわらせてくださいねー」
「先輩、可愛い」
「うっさい」

 素直じゃないなーと呟いてから赤也はまたプリントとにらめっこ。なんだかこそばゆくて私は笑みを漏らした。また外をみる。雪はすぐ止みそうな雰囲気だ。もし、帰り道で雪が止んだら、
 そのときは、もう少し素直になってみようかな。
(つもる、恋心)









獄寺


「はやとはやとー」

「あ? なんだよお前宿題やってたんじゃねーのかよ」

「おわった!! それよりさ、シャンデリアって10回言って!」

「はぁ? なんだそれ」

「いいからいいから」

「ったく……シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア……」

「はい、世界で一番かわいいのは?」

「おまえ」

「……え?」

「………」

「も、もっかい言って」

「やだ」

「……いぢわる」
(Who is Cinderella?)