Thanks For Clap!!

阿含SS

阿含の低い声が耳を刺激する。それが心地よくて、思わず相槌を忘れてしまった。目を閉じて、最後に見た彼を思い出す。髪、伸びたのかな。もしかしたら、中学生の頃みたいに金髪にしてたりして。身長はそんなに伸びてないだろうなぁ。だってあれ以上成長されても困るもん。何に困るかはわからないけど。とりとめもないことを考えていると、そんなあたしに気付いたのか、阿含が不快そうな声を上げる。


「おい、聞いてんのか」
「え? あ、ごめん。なぁに?」
「あ゛―――? なんでもねぇよカス」


それきり彼は黙ってしまった。受話器越しの沈黙に、思わず苦笑する。どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。もとからあまり口数の多くない彼、あたしといる時はそれが少し多くなることに、いつもちょっとした優越感。でも、今回はそんなことも言ってられないようだ。彼の臍はすぐに曲がってしまうのに、元に戻すのはそうとう苦労する。


「ごめんごめん、怒らないで」
「……」
「考え事、してたの」
「……」
「阿含のこと、だよ?」
「……フン」


短く鼻を鳴らされて、やっぱり苦笑してしまった。それに気づいたらしい阿含が、あ゛―――と声にならない音を上げる。


「そういや、今日、」
「うん、」
「ナンパされたんだわ」


いやーいい脚した姉ちゃんだったわ。お前にはねーなァあの魅力。ところどころに嘲笑を織り交ぜながら阿含が呟く。むう。確かに拗ねてるのはわかるし、かわいいけど、そんな話されたらこっちだっていい気分じゃないのに。なんだか悔しくなってあたしも言い返す。


「それはそれは、よかったじゃない。でも、阿含ってすぐ顔に出るから、」
「あ゛ぁ?」
「下心。次のチャンスがあれば気をつけなさいね?」


くすりと笑って言えば完璧だ。ああ、我ながらなんて嫌みったらしい言い方だろう。眉間に皺を寄せた阿含が浮かんできて、思わずまた笑ってしまった。阿含が、文句でも言うつもりなのだろうか、何か言いかけたのを気配で感じて、それを遮るように言葉を続ける。


「ちなみにあたしは今日ね」
「あ゛?」
「告白されちゃったー」


あはは、と乾いた笑い声を上げたけれど、受話器は沈黙したままだった。お、っと、これはもしかして、


「……どこのどいつだ」
「こっちの人」
「名前聞いてんだよカスが。潰すぞ」
「ちゃんと断わったよ?」
「あたりめーだろ」


う、今のはキュンとしたかも。


「名前は」
「教えない」
「名前さえわかれば後はこっちでどうにかすっから早く吐け」
「こっちって、どうせ蛭魔くんでも巻き込むんじゃないの?」
「使えるコマ使って何が悪ィんだよ」


いいからとっとと言えよ。すごく不機嫌で、それでいてちょっと焦ったような声に、胸がぎゅっとする。これは、あれだよね。自惚れてもいいのかな? うれしくなって、ベッドへとダイブした。スプリングがぎしりと軋む。


「だって、阿含だってナンパされたんでしょ? おあいこさま」
「言っておくがヤってねーぞ」
「じゃあキスはした?」
「……」
「……したんだ」
「俺からはしてねーよ」


唇を尖らせながら呟いたら、かぶせるように弁解の言葉が返ってきた。キス、かぁ。ゆっくりと自分の唇を、人差指でなぞる。キスだなんて、久しくしてないなぁ。抱き合ったりとか手をつないだりとか、そばにいたら当たり前にできることなのに。目を見つめることすらできないなんて。阿含の腕が恋しくなって、ぎゅ、と枕を抱きしめた。阿含の香水は強くて、あんまり好きじゃなかったけど、でもやっぱり、それでも構わないからいまは抱きしめてほしかった。阿含、ねぇ、逢いたい、よ。


「オイ」
「ん?」
「お前いま俺に逢いたいって思っただろ」
「っ、え?」


鋭く言い当てられて、思わず疑問符が口から零れ出した。心臓がどきりと跳ねる。あっちを出る時に、約束したのだ。浮気をしないこと。そして、「逢いたい」と言わないこと。


「お前、ほんっとわかりやすいよな。ガキか」
「ば、ばかじゃないの?! 根拠ないでしょ!」
「ある」
「なによ」
「俺が、お前に逢いてェっておもった」


それだけだ。
昂然とした態度で言われてしまっては、もうどうしようもない。視界が一気に霞んで、ぱちりと一回瞬きをしたらすぐにクリアになった。頬に違和感。


「ば、か。言わないって約束したのに」
「知るか。俺が言いてェときに言う」
「ばか、あごんのばか」


すき。
声を震わせないように頑張ったんだけど、きっと阿含には全部お見通しなんだろうなぁ。電話越しに、阿含が、ふって笑った。ああ、その笑い方。いまきっと、あたしが一番好きな顔してる。


「だから、早く帰ってこいよ」


阿含の声がすごくやさしくて、いますぐにでも逢いに行きたいんだけど、
こんなにやさしい声が聞けるなら、遠距離恋愛も悪くない。



遠恋 (はなれてみて、はじめてわかること)








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110711  下西 糺






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