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黒子SS



 髪を、切った。
 べつに、振られたからじゃない。断じてない。生まれてこのかた彼氏ができたことがなく、それどころか、告白をしたことも、されたこともないわたしが、振られて髪を切るなどあり得ないのだ。たまたま、そう、たまたま、気になっていた彼に彼女ができただけの、ことである。たまたま、わたしが髪を切りたかった時期と、彼に恋人ができた時期が重なっていただけで。つまり、二つの事柄には何の因果関係もなく、よって髪を切ったわたしに対し、「振られたの?」と質問すること自体が間違っているのだ。振られてないよ。だって付き合ってないもの。虚勢だって? うるさい、知ってる。


「うはぁーーー」


 溜息にしてはうるさいけれど、それを注意する人なんていないから、しらない。放課後の図書室は静かだから、わたしはすごく重宝している。新設校だから奇麗だし、エアコンもついてるし、最高だ。勉強をする人は自習室に行ってるから、放課後にここを利用する学生は皆無だ。そんな静かな空間が好きで、わたしはよく図書室を訪れる。司書の先生とは仲良しだから、司書室にもよく行くんだけど、今日は、なんとなく、おしゃべりする気分じゃない。そう、なんとなく。


「……もうやだ」


 文庫本と漫画の棚の間にしゃがみ込む。もーやだ。なにがいやなのかわからないけど、もう、いやだ。べつに、彼のこと、気にしてるわけじゃない。まったく、これっぽっちも、気にしてないって言ったら、さすがに嘘になるんだろうけど、べつに、泣いてしまうほど、ひどく傷ついてるわけじゃない。でも、なんか、もーやだ。


「はぁ……」
「溜息ばかりついていると、幸せが逃げてしまいますよ」


 ひいいいいいい?!
 突然話しかけられて、口から心臓が飛び出すところだった。いや、ほんとうに飛び出すわけじゃないけど、それぐらい驚いたっていう話だ。だって、誰もいない図書室で、急に話しかけられたら、誰だってびっくりするとおもうんだけど。飛び退くようにして立ち上がったわたしを、名前も知らない少年はじっと見つめた。しゃがみ込んでいるということは、もしかしたらわたしと目を合わせようとしていたのかもしれない。上目づかいで首を傾げられて、不覚にも胸がキュンとなってしまった。か、かわいいおとこのこだなぁ。


「て、いうか、あの、え、ダレデスカ……?」
「黒子テツヤです、先輩」


 そう言っておとこのとこは立ち上がった。あ、ちっちゃいと思ってたけど、身長はわたしよりあるなあ。未だ現状がよく飲み込めていないわたしは、そんなことを考えた。うわあ、すごくきれいな髪、だなぁ。それから、細身にみえるけど、意外と体つきはしっかりしている、みたい。わー、まつげふっさふさだ。そしてなによりも、瞳が。澄んでいて、まっすぐで、それなのにもかかわらず、なにを考えているのかまるで悟らせないような、深い深い瞳。きれいだ。ぼーっとそんなことを考えてたら、急にフルネームを呼ばれたので、またびっくりしてしまった。


「え、どうして、名前、」
「先輩、よく図書室利用しますよね? ボク、図書委員なので知ってるんです」


 そうだ、よく考えればおかしな話だ。誰もいない図書室なんてありえないでしょ。司書さんか、図書委員がいなければ、図書室は解放されるはずがないんだから。でも、理解はしたけど、いまいち腑に落ちないなぁ。だって、全然、気付かなかった。人の気配なんて、これっぽっちもしなかったのに。


「あ、ボク、よく気配が薄いって言われるんです」
「え、そ、そうなの?」
「はい。だから先輩とも会ったことはあるんですけど……」
「え、うそ、えーと、ごめ、んね?」


 シュン、と俯かれてしまって、あわてて謝罪の言葉を口にする。いや、わたしがなにか悪いことをしたわけではない、と思うんだけど、目の前でこんなにも落ち込まれては、なんだか罪悪感が芽生えてくる。顔を覗き込むと、じい、っと凝視された。う、なんだか、わたしの心とか、なにもかもを、見透かされてるみたい、だ。気まずくなって視線を逸らすと、ふわりと髪が肩口で揺れる。それを見つめながら、目の前のおとこのこは口を開いた。


「先輩、髪、切りましたね」


 え?
 返事をする前に、手が伸びてくる。骨ばった指は、まるで風のように毛先を撫ぜてから、何事もなかったかのようにもとの位置へと戻った。え、いま、なにが? 目を丸くしておとこのこを見つめたけれど、表情はちっとも変わらないから、見ているこっちが混乱する。一瞬の出来事すぎて、現実味がまったくない。え、今何が起こったの?


「えっと、あの、」
「振られたんですか?」
「っな、!」


 今日何度目かわからない質問に、戸惑いは吹っ飛んでしまった。こ、このこも同じことを言うか! どうしてみんな、ただ髪を切っただけなのに、そんなに恋愛ごとに結び付けたくなるんだろ。いや、まあ、まーったく、関係ないわけじゃ、ないんだけ、ど! それにしたって、突然、ほとんどしゃべったことないひとに、振られたとか、失礼じゃ、ないですか、ね! なんだか考えたらむっとして、返事はつんつんとしたものになってしまった。


「振られたわけじゃ、ないですっ」
「そうなんですか?」
「彼氏なんてできたことないですよ悪かったですねっ」
「じゃあ、今彼氏はいないんですね」
「だから、今まで彼氏なんて、」
「では先輩、ボクと付き合って下さい」
「え?」


 …………はい?
 なにを言われたかがすぐに理解できなくて、中途半端に口を開けたまま、めのまえのおとこのこを見つめてしまった。あれ、今何て言ったの? えっと、聞き間違いじゃなければ、ボクと、あれ? 付き合って、


「実は先輩のことが好きだったんです。ずっと見てました」
「え、ちょっと、まって、そんな、急に」
「イヤ、ですか……?」
「嫌とかじゃなくて、えっと、」


 ちょっと待って、あれ、どういうことなの?! え、もしかしなくても、わたし、告白されてる、の?! 目の前のことが信じられなくて、慌てふためくわたしを、おとこのこは不安そうに眉根を寄せながらじいっと見つめてくる。ちがう、ちがうよ! 嫌とか、嫌じゃないとか、そういうことじゃなくて、えっと、どういうこと?!


「ボクにダメなところがあるなら、ちゃんと言ってください。なおしますから」
「えぇ?!」


 ぐいぐいと強引に話を進めていくおとこのこに、脳内はさらに混乱していく。っていうか、今の言い方だと、ダメなところがあるにしろないにしろ付き合うことになってない?! あれ、おかしいよ、わたし、付き合うだなんて、ひとことも、


「せんぱい」
「はひぃ?!」
「ボクは先輩が好きです。こんなボクではだめですか?」


 まっすぐに見つめられて、顔がカッと熱くなる。う、そ、信じられない。こくはく、だなんて、昨日まで少女漫画の中だけのこと、だったのに、え、うそお……。ショート寸前のわたしの返事を、おとこのこはずっと見つめて待っている。だ、だめですかって、そういうことじゃないよね?! 恋人同士になるっていうのは、お互いが、お互いを、好きじゃなきゃ、いけない……んじゃなかったっけ? あれ、ちょっと、どうすれば、


「あの、わ、わたし、まだ、君のことよく、知らないから、その」
「テツヤです」
「え、あ、えっと、テツヤくんの、こと、よく知らないから、」
「じゃあこれから知っていけば問題ないですよね」


 にっこり。初めて笑顔をみせたテツヤくんに、一瞬思考が停止する。


「…………え?」
「付き合ってからお互いのことを知っていけば、なにも問題ないですよね」
「え、あ、あれ?」
「ね? せんぱい」
「は、ハイ……」


 え、あれ、これ、どういうこと?
 混乱しているわたしをよそに、テツヤくんはにっこりと、それはもう嬉しそうに笑った。わたしの心臓がどきんと跳ねる。わ、笑顔、きらきらして、る。ばくばくと脈打つ心臓に追い打ちをかけるように、テツヤくんは小さな声でわたしの名前を呼んだ。


「好きです、先輩」


 これからもよろしくおねがいしますね。
 にっこりと笑うテツヤくんに、気付いたら頷いていた。おとーさん、おかーさん。どうやらわたし、彼氏ができたようです。


(初彼氏)











拍手ありがとうございました!!
さて問題です。黒子はどこから計算していたでしょーか!笑





120619 下西ただす






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