「ねぇ―――いいの?彼女、いるんでしょ?」 情事のあと、薄い笑みを浮かべながらそう言うと、男はぎょっとした顔で此方を振り返った。 手のひらで小型カメラを弄びながら「もう付き合ってらんないね。」と微笑むと、その顔がどんどん青く染まっていく。 にっこりと笑みを浮かべた自分の顔が、どんなに愛らしく、どれほど男に絶望を与えるか、私はよぉく知っている。 ―――――ちゃんってお人形さんみたいだよねーっ。 えぇ、それはもう文字通り。 顔の造形からスタイルの良さまで折り紙つき。 でもそれをより完成に近づけているのは“彼”だ。 あの人の所有物として、あの人の望みのまま、あの人に忠実であればこそ、私は本物の人形でいられる。 「さ、誘ってきたのはそっちだろ・・・!」 焦りを隠すこともせず、男は声を張り上げて私を指差した。 「言いふらしてもいいのか」という頭の悪い脅しを聞きながら、私はベッドの隅に落ちていた服を拾い上げそのまま袖を通す。 その間も決して笑みを絶やさない。この後待っている約束に胸を躍らせながら鞄を持ち上げ出口へ向かう。 「待っ――「そのいちー、早く彼女と別れてくださーい。」 もうこの男には用済みだ。顔を見るのも面倒くさい。 「そのにー、二度と彼女に近づかないでくださーい。」 「っ」 「嫌われないだけマシに思えば?コレ、バラまいてあげたっていいんだよ?」 指と指の間に挟んだ小さな機械を男の目の前でチラつかせ、そのまま自分の袖の中にポトリと落とす。 茫然と立ち尽くす男に目もくれることなく出入り口の扉を開けた。 薄暗かったホテルを出ると、そこに広がるのはステキな日曜の午後の日差し。 カツカツとヒールを鳴らしながら街並みを歩くと道行く人が此方を振り返る。 でもそこに優越感を感じることはない。もし私がそれを感じられるとすれば――― 「っ、涼ちゃん・・・!」 時計台の下。 金色の髪が太陽の光に反射して眩しく見える。 女の子に囲まれサングラスを片手に笑っている愛しい人。 変装が苦手で、気が付けばいつも女の子に囲まれてるから待ち合わせをしている時はとっても分かりやすい。 黄瀬涼太というモデル仲間の彼は、私に気が付くと笑みを浮かべすぐさま此方へ近寄ってきた。 あ、逃げるんだ。 どうやら彼女たちを追い払う術が彼には見つからなかったらしい。 半ば全力疾走に近い形で此方に駆けてくる男のために、私もヒールを脱いで走る準備をする。 「うーん。こういうの久しぶりだなー。」 「ー!そのまま走るっスよ!」 その声に導かれるように身体を180度回転させ、大して有りもしない体力で全力疾走。 すぐに追いついてきた金色に、「ちゃんと仕事してきたよ!」と報告すると、彼は今日一番の笑みを浮かべた。 ********** 「結構一途な男の子だったよー?ちょっと時間かかっちゃった。」 「あぁ、二週間くらいっスか。俺も調べるの遅かったし・・・。」 眩しい金色とは対照的な瞳の色で涼ちゃんはそう呟いた。 目の色も、明るいはずなのに私から見れば真っ黒で。 女の子が見れば悲鳴をあげる微笑みも、私からすればお祭りのお面と一緒。 甘ったるい声だって、一歩違えば機械音だ。 「ねぇ、涼ちゃん。私のこと・・・すき?」 無意味な質問。答えの分かりきった簡単な問い。 公園のベンチで体育座りをしながら上目使いに聞いてみる。 こうすれば大抵の男の子はイチコロだけど、涼ちゃんには何の効果もない。 「あぁ、もちろん・・・好きっスよ?」 そう言った涼ちゃんの微笑みは、いつもと何も変わらない・・・私だけに向けられる笑顔。 悪い顔だ。きっと誰も気づかないだろうけど、まるでペットでも見るような――― 「おねーさんの次に?」 「ねーちゃんの次に。」 まるでそれが当然だ、と。 そういう風に聞いた私も、答えた涼ちゃんも、多分どっちも可笑しい。 私にとって涼ちゃんは一番。でも涼ちゃんにとって私は二番。 でも私はこんな時に優越感を感じる。 だって涼ちゃんにとって女の子は、涼ちゃんのお姉ちゃんと私以外みんな一緒だもの。 最初はきっと、私もその他大勢の一部だった。 でも今は違う。昇格した・・・というよりはもしかしたら降格にも近い表現かもしれないけど。 「は、世界で一番可愛い俺の人形。」 お人形選手権は私が独走らしい。 そもそも参加者はいるのだろうか。 「涼ちゃん、人形っていう表現好きだよね。」 「って言えば人形じゃん?デビューした時特集されてたっスよね。何ドールだっけ?」 「どうせ言っても忘れちゃうから内緒!」 私が笑みを浮かべれば浮かべるほど、彼もまた笑顔を返してくれる。 他の女の子に向けるような、お面のような顔じゃない。 ちゃんとした、涼ちゃんのお顔。 きっとお姉さんにはもっと優しい顔をするんだろーなーって考えて、止めた。 優しい顔の涼ちゃんなんて気持ち悪い。私はこうやって、それこそお人形さんとかペットを見るような、そういう涼ちゃんの顔の方が好き。 別に二番目だって構わない。 涼ちゃんの心が欲しいとも思わない。あ、でも身体は欲しいかも。 「ホテル・・・今から行く?」 「んー?今日はいいや。さっきヤってきて疲れちゃった。」 「じゃあ、夕飯でも奢るっスよ。」 「えー・・・涼ちゃんといると女の子で一杯になるんだもーん。だったらカラオケ行きたーい。」 「あ、夜は俺ねーちゃんと用事あるから無理。」 あれま。 それは仕方がないな、と視線を一瞬宙へ上げてまた落とす。 「・・・じゃあご飯食べる。その代わりお寿司ね!個室あるトコ!」 「っ、高校生にそんな出費させる気っスか!?」 「涼ちゃん稼いでるから問題ないって!」 するりと腕に絡みつく。 「おねーさんじゃなくてゴメンネ」と言うと、「はまだ許容範囲」という回答が返ってきた。 「ペットの世話は飼い主の義務っスよ。」 「いやん、涼ちゃん、常識人。」 あぁん、もう大好き!! |
打算は美しい物の代償行為で ( 彼は他の誰より正直者 ) |
Title by 模倣坂心中 |