04. Tetsuya Kuroko


 がちゃり
 かすかに響いた音、たゆたう意識は急速に浮上した。しかし、水が引いていくかのように冴えていく頭に対して、身体はまだ眠りから覚めていないらしい。なんとか動かそうとしても、鈍い反応しか感じることができなかった。ぎしり。ベッドのスプリングが悲鳴をあげる。襲い来る睡魔を振り払い、瞼を必死でこじ開けると、空色の双眼が飛び込んできた。ぱちりぱちりと瞬きを繰り返したけれども、目の前のそれは消えるどころかゆっくりと近づいてくる。ああ、夢ならばよかったのに。漠然とそう思いながら、感覚の戻ってきた腕を突っ張った。てのひらが、まだ大人になりきれない肩を押す。細身ながらに、しっかりと筋肉のついた肩だった。感情を映さない瞳が、僅かに細められる。さらに見つめあって数秒。しびれを切らしたのは私の方だった。




「……何してるの」
「何って……夜這いです」




 声色も、瞳すら揺らがずに紡がれたそれに、思わず重いため息が漏れた。その拍子に、腕の力がゆるむ。それに気付いたのか、さらに体重がかけられて、ぐっとまた瞳が近づいた。私の眉間に皺が寄る。自然、反撃する言葉はとげとげしくなった。




「どこに姉を襲う弟がいるのよ」
「ここにいます。というよりボクはさんのことを姉と思ったことがありません」




 出会ったときから。
 至近距離でそう呟かれて、思わず言葉に詰まった。フラッシュバック。高級レストラン、豪華なシャンデリアに照らされる中で、私ははじめて母親の再婚相手である黒子さんと、その息子に出会ったのだった。第一印象すら思い出せないほど、彼の影は薄かった。そんな彼に、“見つめられている”と気付いたのは、三度目の食事会である。食卓で話すのはもっぱら母の役目で、口数の少ない私や黒子さんが、ぽつりぽつりと返答する。それが、食事の風景だった。なぜか、彼に話が振られることは極端に少なかったのだ。私自身、同じテーブルに座っているのにも関わらず、彼の存在を忘れてしまっていたことも多々あった。そんな彼が、自分から言葉を発する以外に、私を意識させる行為、それが見つめる、というものだった。不躾な視線などでは決してない、睨みつけるそれでも、観察するそれでもない。形容しがたいその視線が、私の胸を妙にさざ波立てた。気付いてはいけない。警鐘が鳴り響く。気付いては、いけない。だから、視線に、その視線に込められた感情に、気付かない振りをしてきたのだ。なのに、どうして。




さん、腕をどけてください」
「残念だけど、断るわ」




 冷静にそう返したけれども、すでに限界が近づいていた。元々鍛えているわけでもない腕は、微かに震えながら彼の体重をかろうじて支えていた。やはり何を考えているのかすら微塵も悟らせないその瞳は、少しの揺らぎもなく私を見つめている。彼の両腕は私の顔の真横に置かれていた。まるで逃がさないとでも言っているかのようなその体勢に、背筋を冷たいものが走る。感情の読みとれない瞳が、それに拍車をかけた。だめだ、しっかりしなければ。紡ぎだした声は幸い、震えていなかった。




「君、いい加減にして」
「君じゃないです、さん」
じゃないわ。“姉さん”でしょ」




 その言葉に、初めて彼の眉間に皺が寄った。不満げに眼が細められた、その瞬間、ぐっと体重がかけられ、私と彼との距離はほぼ零になってしまった。お互いの鼻先が触れ合っている。かろうじで腕で押さえているものの、それも効果があるのかすらわからなかった。目の前に広がる空色に、吸い込まれてしまうかのような錯覚。「さん、」焦点が合わないほど近くで、彼が言葉を囁く。吐息が唇を撫でて、首筋が震えた。




さん、ボクには興味ない?」
「……少なくとも、義弟に手を出すほど男に困ってないわ」
「ボクは誰でもいいわけじゃない。さんじゃないと厭だ」
「奇遇ね。私は誰でもいいけど、君ではいやよ」
「テツヤです、さん」
「姉さん、よ」




 沈黙。睨みあうかのようなそれに、折れたのは彼の方だった。眉間に皺を寄せたまま瞼を閉じ、小さく息を吐く。彼が身体を起こしたから、両腕が一気に軽くなった。思わず、ほっと息を漏らす。若干しびれてしまった腕に、視線を逸らしたのがいけなかった。がしりと手首が捕まれる。小さな悲鳴が唇から漏れた。




さん」




 捕まれた手首があつい。柔らかい布団に、押しつけられるようにして固定されて、身動きがとれない。どくどくと心臓が激しく唸っていた。油断、した。目前に迫る空色から、目が、離せない。




「だめじゃないですか、油断したら。ボクは男ですから、こうやってしまえば手も足も出ないでしょう?」




 力を込めても、びくともしない。私の焦った様子に満足したのか、彼の口元が緩められる。伏せられた空色がぐんと近づいて、そのまま唇の端に口付けられた。湿った熱が、触れたと思ったらすぐに去っていく。完全に硬直してしまった私を見下ろして、彼はふ、と笑みを漏らした。




「今日はここまでにしておきますね」
「…………」
「これでさんも、ボクのこと、男として見るしかないでしょう?」




 それでは、ボクはこれで。
 先ほどのことなど微塵も感じさせずに、彼は身体を起こし、ベッドから床へと降り立った。ぎしり、とまたスプリングが唸る。扉に手をかけた彼は、振り返って微笑をこぼした。




「では、おやすみなさい、さん」




 また、明日。
 ぱたん。扉が静かに閉ざされる。残されたのはうるさく悲鳴をあげる心臓だけだった。瞼を閉じれば、広がる空色。ああ、気づきたくなんて、なかったのに。心臓が締め付けられるようだった。こんな感情、私は知らない。










120418  下西 糺


うおおおやってもーた\(^0^)/
だって黒子くんかっこよすぎて……///
日向先輩とか物凄くすきなんだけどあんまり夢がなくてすごく悲しいです。
え、べ、別にジャンル増やしたわけじゃないから!!
近親相姦シリーズなだけだから! だから!!