Live as if you were to die tomorrow.






「あ? ふざけんなよ……!!」


 突然聞こえてきた怒声に思わずウォークマンを取り落としそうになった。う、お。びっくりした。なにごとかと振り向きたい衝動を必死で抑える。気になる。ものすごく、気になる、けれど、我慢、だ。だって、飛び込んできた声は、地を這うような、尋常じゃないくらいに低い声だったのだから。


「お前ェが時間指定したんだろうが……」


 くそ、と舌打ちをして、声の主が隣に並ぶ。こ、こええ……!! 手元のウォークマンは完全に停止していた。俺の頭の中も。携帯電話に向かって、男は再度大きな舌打ちをした。完全にびびっているこちらのことなどお構いなしの様子に、涙すら浮かびそうになる。やばいやばいこれはやばい。ふつうの人間じゃ、ない。ぜったいあれだ、「や」のつく危ない職業のお方だ。まじでか。こんなとこにいんのか。うわー、早く信号、変われ……! 祈るように念じたけれど、目の前の信号は相変わらず危険な色を灯したままだ。こういう時に限って、車どころかひとっこひとり見当たらない。勘弁してくれ。


「……ああ。……あ?」


 捲し立てているのであろう電話越しの相手に、男は不機嫌丸出しの返事を返す。ちらり、横目で隣を伺ってから、はて、と首を傾げた。声の調子から、てっきり、いかつくてごつい、見上げるような体格のやーさんを想像していたのだが、隣に立っている男は、いかつくもなければごつくもない、ようだった。男にしては身長が低いし、その服装も至って普通の黒のスーツである。唸るような声に、目線を男の貌に移した。さらりと流れる黒髪と、釣り上がった切れ長の瞳。深く刻まれた眉間の皺。なにかを思案するような表情で男は視線を巡らせる。あ、と思ったときにはすでに遅かった。バチリ。刺さるような視線が俺を突き抜ける。鋭い眼光が、正面から、俺を捉えていた。


「…………あ?」


 細められる瞳は殺気すら孕んでいるようで。ぞわりとなにかが身体の表面を這いあがっていった。ぶわり、体中の毛穴が開くような感覚。キンと冷える脳内。男の眉間のしわがさらに深くなった。色素の薄い、形の良い唇がふるりと震える。どくり、心臓が軋んで悲鳴を上げた。ああ、俺は、


「お前、」


 男が小さく呟いた時、俺の視界に飛び込んできたのは中型のトラックだった。白いそれは、猛スピードで一直線にこちらへと向かってくる。車体が電柱に擦れる音に、心臓がつぶされるかのように痛んだ。黄色に変わる信号と、悲鳴のようなブレーキ音。考えるよりも先に、身体が動いていた。目を見開いた俺の視線、異様な音源を辿ろうと、振り返る男。ふわりと舞う黒髪。凛とした横顔。すべてがスローモーションだった。目の前の、名も知らない、どこの誰かもわからない男の肩を、思い切り、押し、


「―――――――!!!」


 振動、衝撃、暗転。
 どこか遠くで名前を呼ばれたような気がしたけれど、声を出すどころか瞼を動かすことすらできなかった。キィンという耳鳴りのようなものが邪魔をして、外界の音が拾えない。ああ、短い人生だったな。指先の冷える感覚はあるのに、なにひとつどうすることもできなかった。強引な睡魔に、思考は根こそぎ持っていかれてしまう。そういえば。赤ん坊が眠い時ぐずるのは、睡眠が死と酷似しているからだと、そう云ったのは誰だっただろうか。ぶつり。漂う意識は唐突に千切れた。


さよなら、俺の人生。















130527 下西ただす