01:さかな、みつける

「はぁ〜」


 もう、どれだけの空気を吐き出したのかもわからなかった。それでも、あとからあとから溜息がでてくるんだから不思議だ。あたまのなかでぐるぐるしてるのは、このあいだわたしを助けてくれたあのおとこのひと、だ。貧血で倒れたわたしを、保健室まで運んでくれた、らしい。らしいっていうのは、保健室の先生がそう言ってたからで、わたしが目を覚ましたときには、彼はもういなくなってしまっていたのだ。一目あって、お礼を言いたくて、この一週間ずっと探してたんだけど、ちっとも見つからなかった。おかしいなあ。がっしりした腕だったから、運動部に入ってるはず、なのになあ。


「あーあ」


 わたしはもういっかい、大きなためいきをついた。静かな図書室に響いたけど、そんなこと気にしない。だって、どうせだれもいないもん。桐皇学園は運動部がすごく盛んだけど、一部を除いた文化部はぜんぜん、部員がすくないのだ。スポーツ推薦で入ってくる人がおおいから、放課後は部活をがんばったり、塾に行ったりして、図書室にはほとんどだれも訪れない。それはまあそれで、秘密の場所みたいで、好きなんだけど。それにしたって、誰もいない図書室でのおしごとが、寂しくないと言ったらうそになる。いつもだったら、司書の先生とおしゃべりしながら配架するんだけど、その先生も今月の初めから産休で学校に来ていないのだ。うーん、図書室のおしごと、嫌いじゃないけど、やっぱりひとりだとつまらないなぁ。話し相手がいないから、あたまのなかはすぐにあの男の子でいっぱいになってしまう。何年生なのかな、って考えてたらカウンターに思い切り脚をぶつけてしまった。


「っう、い、痛い……」


 ああもう、どうしてわたしはドジばっかりするんだろう。特に、今日のドジっぷりはひどかった。思い出しただけで、かぁ、と、顔が熱くなる。全校生徒の前で、委員会の報告をするなんて、ただでさえあがり症のわたしには大問題! だったんだけど、いざ壇上に立ったら、あの、男の子を、全校生徒のなかから探してしまったのだ。ううう、ほんと、いま思い出しただけでも、ばかすぎる。ずっとだまったままのわたしを不思議におもった司会の人が、「図書委員長?」って言わなかったら、わたし、ずっと探してた気がする。でも、探すって言っても、名前どころか顔さえはっきりしない生徒を探すなんてこと、できるはずがないのになあ。友達には笑われるし、もう、さんざんだった。


「うーん、でも、やっぱり探しちゃうんだよなあー」


 おしごとが一段落したから、わたしは図書室の窓から校庭を見下ろした。図書室から見えるのは第一グラウンドと、第二グラウンドのはじっこだけだ。目だけはいいわたしだけれど、さすがに遠くを見る時は目を細める。それでも、あのおとこのこらしき姿は見えなかった。うーん、陸上部、とかだとおもったんだけどなー。サッカー部、って感じじゃなかったけど。バレー部とかかな。まだ体育館のほうは見たことがないから、今日の帰りにでも寄ってみようかな。そんなことを考えていたら、がらりと図書室の扉が開く音がしたから、びっくりして飛び跳ねてしまった。う、わ、誰だろう。国語科の先生かな? それにしては、ずいぶん来るの、遅い、なあ。振り返って入口を見てみると、制服姿のおとこのこが立っていてさらにびっくりした。め、めずらしい! 放課後の、この時間に、生徒が、しかもおとこのこが来るなんて! 「あ、あの、」驚きすぎて何を言ったらいいのかわからないわたしをちらと見てから、そのままおとこのこはつかつかとわたしの目の前まで距離を縮めてきた。うわ、背、高い。突然のできごとに、口を開けたまま、おとこのこを見つめる。「やっぱりな」ちいさな声でおとこのこが呟いたと思ったら、ぐん、とその顔が近付いてきたので、思わず息を呑んでしまった。


「え、あ、の、」
「よォ。今日は体調いいのか?」
「ふぇ? あ、ど、どちらさまで、しょう、か?」
「何だよ、覚えてねーの?」


 眉間にいっぱいしわをよせながら、顔をのぞきこまれる。海のように深い藍色。


「あ、」


 みつけた。












120502 下西糺