02:さかな、たわむれる

 やっぱり図書室は静かで、わたしがごそごそやってる音以外はなんにも聞こえない。ここに来る生徒は相変わらず少ないし、最近はあんまり先生も来なくなった。司書の先生はまだ帰ってこない。先生がいないとさびしいよー。でもね、先生。おとといから、わたし、ひとりじゃなくなったよ。


「なぁ、なんか面白い本ねーの?」


 古書の修理をしていたわたしの正面で、文庫本がぶんぶんと振られる。ちょ、ちょっと! 本は大事に扱ってよね!


「このあいだオススメしたのは? 面白くなかったの?」
「あー? あれ? もう読んだ」
「ええぇ……青峰くん、本、読むの、早いんだね……」


 おとこのこは、青峰大輝くんというらしい。この間、貧血で倒れた時に、保健室まで運んでもらったのだ。ずっと探していたんだけど、見つからなくて、図書室でぼーっとしてたら、なんと青峰くんのほうから会いに来てくれたのです。びっくりだよね。どうやら、生徒総会で前に立った時に、わたしだって気付いたみたい。あのとき、わたし、すっごいドジやっちゃったのになあ。そのことを思い出して、思わず顔がかっと熱くなった。ううう、せめて、青峰くんの前では、ドジしないようにしよう。そう心に決めた瞬間、なにもないところで躓いてしまった。もう、わたしの、ドジめ! 正面のデスク、閲覧者用のそれに突っ伏してた青峰くんは、それをみてばかみたいに笑った。


、おまっ、なんで何もねーとこで、」
「う、うるさい! 青峰くんのばか!」
「ははっ、おもしれー」
「もう! 青峰くんは一年生なんだから“先輩”ってつけなきゃだめでしょ!」


 わたしのそんな言葉なんて気にもとめず、青峰くんは笑い続ける。もう、わたし、しりませんから! ぷいとそっぽを向いて、本棚の影に隠れた。隠れたっていっても、青峰くんのために本を探しているのだから、なんだか納得できない。うう、わたしが、もうちょっとドジじゃなかったら、青峰くんだって、わたしのことちゃんと“先輩”って敬う、はず、なの、に……? そこまで考えてから、青峰くんの顔を思い浮かべる。うーん、なんか、青峰くんが誰かを敬ってる姿、想像できないなぁ。


「えー、と」


 文庫本のところで立ち止まる。青峰くんの好きそうな本、なんだろ。この間勧めた本は、どちらかというとわたしの好みだったからなぁ。近代文学小説って感じでもないし、時代小説とかは意外と好きかもしれない。でも、ファンタジーとかSFとかと一緒で、時代小説って好き嫌いあるからなぁ。ちょっと悩んでから、わたしは最近人気の作家の本をいくつか抜き出した。無難なのがいいよね、初めは。青峰くんあんまり本とか読まないって言ってたし、ちょうどいいかも。本を抱えたまま、机に突っ伏している青峰くんに近づく。名前を呼ぼうとしたけれど「あお、」まで言ってから慌てて口を閉じた。


「……すー」


 え、寝てる?
 「あおみねくーん」と、すっごく小さな声で呼んだけど、青峰くんは全く反応しない。ええ、うそ、さっきまで起きてたのに、寝るの、はやっ! 抱えていた文庫本をそっと机の上に置いて、青峰くんの寝顔を見つめる。青峰くんって、目つき悪いからすごく怖く見える時もあるけど、寝顔はちょっと幼くてかわいいなあ。年下って感じだ。なんだかきゅうに、自分がお姉さんになった気がして、青峰くんの頭をなでなでしたくなった。起きちゃうから、しない、けど。そういえば、青峰くん、部活、入ってないのかなぁ。昨日も、今日も、放課後の間はずっといるから、帰宅部なのかな。でも、それにしては筋肉とかすごいし。なにかあるのかな? 昨日の青峰くんのせりふを思い出す。「ここ、悪くねーな。落ちつく」青峰くん、きっと、なにか、悩みがあるんだと、おもう。だって、たまに、ぼーっとしながら、外見てるときとか、あるし。そういうとき、わたしは、なにを言ったらいいかわからなくなってしまう。出会って数日の人間に「悩みがあるなら打ち明けてごらんよ!」って言われても、わたしだったら、絶対、相談しないし。それに、青峰くん、プライド高そうだからなぁー。わたしがもっと、洞察力とかがすごくて、青峰くんの悩みを一瞬で見抜けて、解決できたらよかったのに。そうしたら、青峰くんがしてくれたみたいに、今度はわたしが青峰くんを助けてあげられるのに、な。ぼーっと青峰くんの寝顔を見ながら、そんなことを考えた。あ、睫毛長いな。いいなー。次の瞬間、青峰くんがいきなりぱちっと目を開けたから、思わず固まってしまった。


「…………え、あれ?」
「なんだよ、、見惚れてたのか?」


 そんなに見るなよ照れるだろ、って青峰くんが意地悪い顔で言うから、あっけにとられていたわたしは一気に顔が、あつく、


「あ、青峰くんの、うそ、つき!」
「誰も寝てるなんて言ってねーだろ」
「たぬき寝入りなんて、きいてない、よ!!」
「だから言ってねーって」


 大爆笑する青峰くんに、怒りは飛んでいった。それでも、真っ赤な顔を隠すためにぷりぷりと怒ってるふりをするけれど、青峰くんはそんなことお構いなしでひいひい言いながら涙を流してる。「おまえ、顔、真っ赤、」その言葉でさらに顔が熱くなって「ばか!」って返したけど、やっぱり青峰くんはずっと笑ったままだった。つられてわたしもわらってしまう。もし、もしわたしが、青峰くんともっと仲良くなって、本気で怒ったり、ぐずぐず泣いたり、大声で喧嘩できるようになったら、そうしたら、青峰くんの悩みも聞けるようになるのかな。青峰くんの笑顔を見ながら、そんなことを考えた。うん、やっぱり笑ってる青峰くんが、いちばんすてきだな。












120503 下西糺