03:さかな、ふくざつ

 今日は、青峰くん、こなかったなー。
 昇降口でひとり、靴を履き換えながら、そんなことを考えた。ほとんど夕日は沈んでて、ひがしの空からにしにかけて、きれいなグラデーションができている。ひがしの空、深い藍色を見つめていたら、やっぱり青峰くんを思い出した。だってあの海の底みたいな藍色と、青峰くんのきれいな瞳、そっくりなんだもん。上履きをしまってから、ひとつ溜息をついた。明日は土曜日で、おやすみだから、青峰くんと会えないなぁ。いつもだったらうれしいはずの週末だけど、青峰くんと会えないだけで、全然、楽しみじゃなくなっちゃう。青峰くんのアドレス、きいておけばよかったな。そしたら、休みの日でも、連絡、とれるのに。ぶつぶつと小さく呟いてたら、校門のところに一人で立っているおとこのこを見つけた。夕日が、青い髪に反射して、きれい、だ。どくん、と心臓が跳ねたのと、おとこのこと目があったのは同時だった。よ、という感じで右手を上げられて、我慢できなくなったわたしは、校門まで走る。


「あ、おみねく、……うわぁっ!」


 ぐらり、と視界が揺れる。ころ、ぶ!! 目の前に地面が迫って、わたしはぎゅっと目を瞑った。どん、という衝撃に、汗と、制汗スプレーのかおり。想像していたよりも全然いたくなくて、あれ? って思って目を開けたのと、耳元で声が聞こえたのは同時だった。


「っと、あぶねー」


 目の前には着崩された制服。視線を上げると、藍色の瞳とかちあった。


「お前、ほんと、ドジだよな」


 呆れたような、意地悪なような、微妙な表情の青峰くんが、めのまえに、いた。突然のことに声が出なくて、あんぐりと口を開けてしまう。回された腕、しっかりと掴まれたわたしの腰が、じんわりと熱を持った。え、わたし、青峰くんに、抱きしめられて、る? 意識した瞬間に、顔がかっと熱くなる。「え、あ、ごめ、はなし、え、あ、れ?」言葉にならない音だけが唇からぽろぽろと零れ出て、頭の中がぐちゃぐちゃになる。顔を真っ赤にして混乱してるわたしがおかしかったのか、ククク、と低く笑いながら、青峰くんはわたしを立たせてくれた。


「転びすぎだっつの。どこ見てんだよ」
「ち、ちがっ! いまのは、たまたま、」
「そういえばこの間も転びそうになってたな。ひとりで」
「もう! 青峰くんのいじわるっ!」


 ぷいってそっぽを向いたけど、青峰くんは構わずに笑い続けている。もうもう! 顔に集まった熱を冷ますようにぱたぱたと手で煽った。その拍子に、また香るデオドラント。わたしの口は、勝手に動いていた。


「青峰くん、」
「あん? なん、」
「青峰くんって、部活、やってるの?」


 その瞬間、青峰くんから笑顔が消えた。眉間にはしわがよって、どこか痛いような、なにかを我慢しているような表情。わたしの視線から逃げるように、青峰くんは足元を見下ろした。青峰くんのそんな顔なんて見たことのなかったわたしは、なにを言えばいいのかわからなる。心臓が、どくん、と嫌な音を立てた。


「あ、おみ、ね、くん、」
「……俺、は、」
「ダイキ!!」


 高い声が聞こえてきたと思ったら、きれいなおんなのひとが、青峰くん、に、抱きついてた。……え、だれ? 状況についていけないわたしは、ぽかんとそのひとと青峰くんを見つめることしかできない。さっきわたしを抱きとめたように、青峰くんの左腕が、きれいなおんなのひとの腰に回される。え、どういう、こと?



「ごめんね、待たせちゃった」


 そう言って、おんなのひと、さん、はにっこりと笑った。きれいなお化粧に、手入れのいきとどいた髪。すらっと脚が長くて、モデルさん、みたいだ。さんを見ていたら、ばちりと目があってしまった。とたんに、不機嫌そうに歪められる眉。


「なに、この人。先輩? ダイキに何か用?」


 まるで、それが当たり前であるかのように、さんは青峰くんと腕を組んだ。背の高い青峰くんと、さんは、わたしからみてもすごくお似合いで。心がずきんと痛んだ、気がした。なにを言えばいいのか分からないわたしは、青峰くんとさんを交互に見る。


「え、あ、あの、わたし、」
「あなた、ダイキの何?」


 目を釣り上げたさんが、わたしを睨みつける。その視線がすごく鋭くて、たえられなくて、わたしは視線を足元に落とした。わたし、わたしは、青峰くんの、なんなんだろう。ぐちゃぐちゃになったこころが、こたえをだせるはずもない。おしだまってしまったわたしに対して、さんは、ふん、と鼻を鳴らしてから、青峰くんの名前を呼んだ。


「行こ、ダイキ」
「っおい、引っ張るなよ」
「早くしないと、映画、はじまっちゃう」


 青峰くんの顔も、さんの顔も、見ることが、できなかった。心臓が、ひめいをあげるように、ずきり、ずきりと痛む。そんなわたしに、さんが構うはずもなく。青峰くんを引っ張りながら、二人は校門を出て、去ってしまった。去りぎわ、青峰くんが、わたしの名前を呼んだ、気がした。気のせい、に決まってる。ひとり、ぽつんと残されたわたしは、もっていた鞄をぎゅっと握った。ずきん、ずきん、心臓が痛む。しってる、この気持ち。わたし、さんに、嫉妬、してる。
 今、わかった。わたし、青峰くんのこと、


「青峰、くん、」すき


 声は届かない。












120504 下西糺




むしろ今まで気付かなかったことに驚愕ですよね天然女主サーセン。