■ 01


「死ねぇぇぇえええ!!!」


 ああ、死んだ。そう思った。
 死をもって償え、と文字通りモビルスーツと一心同体になった男は叫びながら、振りかぶったそれをわたしに振り下ろした。人間はどうしてか、いざ死の淵に立つと、思考があらぬ方向へ飛んでいくらしい。オルガは無事だろうか。クーデリアと蒔苗さんは、議事堂までたどり着けただろうか。ユージンたちは生きてるかな。ここに居ない仲間のことばかり、脳裏を掠める。そんなに悪い人生じゃなかった、かもしれない。こんなところで死にたくないけれど、それも運命なのかもしれないな。最後に思うかぶのは、やっぱり彼で、


「ミカヅキ、」
「許さない」


 何が起こったのか、わからなかった。
 突然の横からの衝撃に、機体が吹っ飛ばされる。思わぬそれに一瞬強く目を瞑ってしまい、そしてその一瞬で全ては終わってしまった。完全に停止した2体のモビルスーツ。バルバトスの太刀が、グレイズの装甲の隙間を突き刺している。そして、さきほどまで、わたしの目前に迫っていたそれが、バルバトスに、


「ッ! ミカヅキ!!」


 完全に沈黙したバルバトスへと駆け寄る。露出した胸部にモビルスーツの腕を伸ばし、転げるようにコクピットから飛び出した。火花が爆ぜる音、びりりと痺れるような痛みを無視して、剥がれた装甲の隙間、胸部の亀裂に身体をねじ込んだ。


「ミカヅキ、ミカヅキ!」
「うるさ、い、聞こえてる、よ」


 その光景に、気づいたときには涙がこぼれ落ちていた。焼け焦げた臭いと、むせ返るような、血の、かおり。ミカの、瞳も、顔も、腕も、髪も、全てが、恐ろしいほど、真っ赤な、血の色で、


「やだ、ミカヅキ、うそ、なんで」
、」


 少し目線を上げたミカヅキが、力なく指先をこちらに伸ばしてくる。求めるようなそれを、すがるように握りしめた。手のひらにはべっとりと血がついていて、それが誰のものだかわかりきっているはずなのに、わたしは気づかないふりをしてそれに頬をすり寄せる。嫌だ、だって、いつだって、ミカヅキの手は、おおきくて、堅くて、あたたかいのに、わたしの心まであたためてくれるような、そんな手だったのに。握ったら、痛いくらい握り返してくれる、安心できる、手だったのに。ひんやりとした、力ないそれに、心臓が急速に冷えていった。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、


「やだ、ミカヅキ、嫌だよ、死んじゃ、いやだ、」
「……っと、」
「え、」
「やっと、アンタを、護れた」
「……え、?」


 ふわり、優しく、柔らかく微笑んで、そうして、ミカヅキは呼吸を止めた。ミカヅキ? 尋ねるようにそう名前を呼んでも、返事がない。


「嫌だ、うそ、ミカヅキ、」


 ねぇ、返事をして、嫌だ、そんなありえない、いやだ、そんな、どうして、なんでミカヅキが、わたしの代わりに、


「――嫌だ!!!!!!!」


 嫌だ、こんな世界、ミカヅキがいない世界なんて、そんな世界、ありえない、嫌だ、どうして、どうして、こんなことに、嫌だ、認めない、こんな、世界、許さない、






「――――――こんな世界、!!!!」




 消えてしまえ。















 ばちん、はじけるような衝撃と共に、意識は覚醒した。どくどくと耳元で心臓が唸って、胸の奥がキリキリと痛んだ。浅い呼吸を繰り返しながら、視線を走らせる。薄汚れた壁、窓のない部屋。ぼろきれのような布団と、やせ細った自分の手足。見間違うはずがない。見慣れた、CGSの自室だった。


「な、に、今の、夢……?」


 小刻みに震える手を凝視する。ちがう、夢なんかじゃない。あのときの、てのひらにべったりとついた血は、引き寄せて頬ずりしたミカヅキの体温は、夢なんかじゃ、


「み、か、づき!!」


 はじかれたように部屋を飛び出して、薄暗い通路をひた走る。日の出の直後なのか、忙しなく動き回る人はまばらだ。どこからか声を掛けられたような気がしたが、返事をする余裕などあるはずもない。彼は、どこだろう、そうだ、彼の部屋は西棟の、いや、ちがう、きっと、彼は、


「ミカヅキ!!!」


 重い扉を押し開ける。薄暗い倉庫は、“最後に目にした”記憶とはかけ離れ、かび臭く、埃が舞っている。がらんとした広い空間。天井の隙間から朝日が漏れ、まるで天使のはしごのようにきらきらとそこを照らしていた。鎮座する見慣れたそれ、バルバトスの足下に、求めてやまなかった、彼の姿が。


「ミカヅキ、」
……?」


 呆然とこちらを見つめるミカヅキとばちりと目が合った。驚いたようなその表情は、すぐさま歪んでしまう。ぼたぼたと零れる涙を拭うこともせず、駆け寄ったわたしは思い切りミカヅキに抱きついた。ああ、ミカヅキ、ミカヅキ、ミカヅキ!!! 突然の抱擁に驚いているのか、ミカヅキはわたしを抱きしめ返しも突き飛ばしもせず、ただされるがままになっている。でも、そんなことはどうでもよかった。ミカヅキが、ここにいて、心臓が動いていて、てのひらがあたたかくて、生きて、いるから、わたしは、それで


、どうして……」
「ミカヅキ、ミカヅキ、わたし、わたしね、あなたを護るから、死なせたりなんか、しないから、だから、生きて、」


 生きて。それだけが、わたしの望みだから。









171008 下西 ただす