僕がきみの手を
握り返したのは、
「好きだ、お前が」
捕まれた右手よりも、こちらを真直ぐに見つめてくるその瞳が痛かった。迷いのない瞳。いつもそうだ。妖一の瞳には、いつだって迷いなどなかった。それが、その事実が、俺に突き刺さる。茶化すことも、流すことも、許されなかった。「嘘だろ?」そう返せなかったのは、嘘じゃないと、その瞳が、彼のすべてが、訴えていたからだ。はぐらかすことなど、できるはずもなかった。「好きだ」妖一の言葉が頭の中で鳴り響く。それを追い出すかのように、俺は勢い良く頭を振った。とたん、ぐい、と右腕が引っ張られる。
「
くん?」
甘えたような声に、意識が戻る。こちらを不思議そうに眺めていた彼女は、俺と目を合わせると、僅かに小首をかしげた。ラインの引かれた丸い眼が、じいっと俺を見つめる。
「どうしたの? 信号、青だよ」
「あ、おう、」
止まっていた歩みを、できるだけ自然に再開する。腕を絡める彼女も、それに続いた。行き先どころか、目的すら決まっていなかったので、彼女お気に入りの店をまわっていた。久々に楽しそうにはしゃぐ彼女を見て、俺自身楽しんでいたはずなのに。一体いつから、あいつのことを考えていたのだろう。
「なにか、あったの?」
それは、もしかしたら探るような視線だったのかもしれない。だが、俺には彼女のことを観察する余裕など、これっぽっちもありはしなかった。フラッシュバック。どくりと叫んだ心臓を、俺は無視した。
「なんでも、ねーよ」
誤魔化すように笑って、彼女の髪をくしゃりと撫でた。その感触が、懐かしすぎて、目眩がする。そうだ、俺が好きなのは、彼女であって、あいつではないのだ。だって、それが普通だろ? 俺は、この子が、好き、で、…………どうして?
「
くん」
浮かんだ疑問を打ち砕くかのように、俺の名前を呼ぶ。微笑んだ彼女は、別れを切り出した時よりも、きれいだった。きれい、すぎた。照れたように視線を巡らせて、俺の視線に耐えきれなくなったかのように俯く。左手が、俺の服の裾を掴んだ。
「あの、いまから、うちこない?」
「あ、」
情けない声が漏れたけれども、それを気にするほどの余裕が、俺にはなかった。できるだけ考えないようにしていた、のに。いや、考えなくともわかりきっていたことなのに、その言葉を吐かれたとき、酷く動揺した自分が居た。どうして。
「ご飯、つくろうかと思って」
くん、ハンバーグ、好きだよね?
そう言って、掴んでいた俺の服を解放する。そのまま、その左手は、俺の右指に絡められる。指が細すぎて、力を入れたら折れてしまいそうだ。だから、俺は彼女の手を握り返せないのだろうか?
「……ごめんなさい」
「え?」
「あのとき、酷いことを言って」
ぎり、と心臓が痛んだ。「いや。気にしてねーよ」反射的に飛び出した台詞は、酷く刺々しかった。それに気付いているのであろう彼女は、俯いたまま、震えているようだった。流れる髪、僅かに覗く耳が、真っ赤に染まっている。
「あの、それで、ね? すごく、自分勝手なんだけど、あの、」
唐突に理解した。目の前の彼女が、なにを考え、なにを望んでいるのかを。理解して、かっと頬が熱くなる。どくりと、心臓が耳元で唸った。だが、俺の手足は急速に熱を失う。
俺は、俺は、どうしたいんだ?
「あのね、わたし、」
震える指先が、俺の手を掴むように、握る。その時、俺はやっと気付いた。ちがう、俺が、俺がほしいのは、この温もりじゃなくて。
するべきことはもう、わかっていた。
***
「妖一ッ!!!」
声を限りに叫ぶ。振り返った妖一の瞳が、これでもかというほど見開かれた。半ば体当たりをするように抱きつくと、よろめきながらも俺の肩を支えてくれる。乱れた呼吸、唸る心臓。それは、全力疾走だけが原因じゃない。
「オイ、、なにが、」
「好きだ」
顔を見る勇気はなかったけれど、はっきりと言い切ったそれは、さらに妖一を狼狽させるだけだった。それでも、自分のことで精一杯な俺は、壊れたように繰り返す。好きだ、妖一、好きなんだ。
「、おまえ、」
「俺、好きなんだ、妖一が、俺、」
「っ」
がしりと肩を掴まれて、確認するように揺さぶられた。顔をあげると、泣きそうな妖一と視線が絡まる。息が詰まった。苦しい。それでも、視線を逸らそうだなんて考えなかった。震えているのはどちらだろうか。
「、わかって、んだろうな、」
「ん」
「それが、どういう意味だか、ちゃんとわかってんのか」
「わかってる、すきだ、妖一」
好きなんだ。
呟いたら、鼻がツンとして、思わず俯いた。それを阻止するかのように、妖一の右手が俺の頬を包む。左手は、俺の右手を握った。その感触に、こらえきれないなにかが頬を伝った。妖一がそれを親指ですくいとる。
「俺は一生放さねぇし、」
「うん」
「離れるつもりも、これっぽっちもねェ」
「うん」
「それでもいいのか」
いいのか、だなんて、妖一らしくない言葉に、笑ってしまいそうになった。でも、顔の筋肉は俺の言うことなんて全くきかない。ぽろぽろと涙を零しながら、うん、うん、と頷くことしかできなかった。
「よういち、」
「あ?」
「俺、馬鹿だ」
「アホ。馬鹿。死ね」妖一の言葉が脳内を駆け巡る。ああ、確かに俺、ほんと、アホで馬鹿で、どうしようもねー。繋がれた手のぬくもりが、俺にとってどれほどのものなのか。失いそうになって、初めて気がつくなんて、本当、アホで、馬鹿で、そして、死にそうになるくらい君が好きだ。
「安心しろ」
「ん?」
「馬鹿なお前を好きな俺は、手に負えねェくらいの馬鹿だからな」
真っ赤になった妖一が、照れたように笑った。情けないその顔に、俺も笑みを浮かべる。繋がれた右手、妖一が確かめるように握るから、俺も負けじと握り返した。このぬくもりを、この感触を、俺は忘れることはないだろう。そして、その温かい手のひらを、何度だって握り返す。だって、俺は、もう、気付いたから。
「妖一」
「あ?」
「バーカ」好きだ
君が愛しいと気付いたから。
(耳元で呟いたら、君はふわりと微笑んだ)
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120205 下西 糺
完結致しました。ありがとうございました。
あとがきという名のもそもそ
たった5話にどれだけ時間かけてるんだっていう話ですね\(^0^)/
男主連載は初めてだったので、いろいろと勝手に手間取りました。
とくに口調。というか男主の性格←←
いままでは愛を押しつけられるキャラが多く(っていうかほとんどで)どういうキャラだったら愛を受け入れられるのかとさんざん悩みました。
しかも受けキャラなのにもかかわらず受け受けしくないという、そこらへんがすげぇ難しかったです。
蛭魔くんとの絡みのところなんか、もう、ね! 気付いたら一人称が「僕」みたいなキャラになってたりね!
でも蛭魔くんが幸せになれてよかったです。笑
ご愛読ありがとうございました!!