透明な世界


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02
ぎらぎらと太陽が容赦なくわたしを照らしている。かるくめまいがして、わたしはおもわずぎゅっと目をつむった。日差しが暑い。くらりくらり。二時間目から発症している貧血は相変わらずわたしを襲っていた。昨日寝たのは真夜中も大分過ぎた時間だったので、それがたたったのだろうか。それとも今朝寝坊したばっかりに朝ごはんを取らなかったのがいけなかったのだろうか。牛乳一杯じゃ、そりゃあお腹も減るだろう。というか、一時間目が始まる直前、教室に走りこんだころにはお腹は鳴らなくなっていた。お腹って、あまりに空きすぎると空腹感すらどっかへいっちゃうんだよね。そんなくだならいことを考えていたら、ぐらり。また世界が揺れた。先ほどより強いそれに耐えられなくなって思わず下を向く。所々汚れた運動靴が目に入った。体育、休めばよかったかな。バレーって嫌いじゃないからできれば出たいんだよね。へたっぴだけど。でも今回は本当に無理かもしれない。走ってボールを追いかけるどころかまっすぐ歩くことさえままならなかった。どうしよう、とりあえず体育科の安田先生に見学の節を伝えて、それで、

さんっ!!!」

鋭い叫ぶような声がして、思わず振り向いた。逆光のなかで黒い物体が近づいてくる。あぶない!!そういわれたのだと認識したころには時すでに遅し、

側頭部に衝撃。寝坊するし、眼鏡は忘れそうになるし、朝ごはんは食べ損ねるし、今日は厄日だ。そのうえボールがぶつかって倒れるなんて、冗談じゃない。ほんと、きょうはやくびだ。そのまま視界は暗転、わたしの意識は沈むように闇に呑まれていった。






※※※






「だから――で―…。」
「アホか―だろ――…。」

ずきり。頭が鈍く痛んだ。う、と小さく呻き声が漏れる。どうやら誰かがそばで喋っているらしい。おとこのこのようだ。低い声がふたつ。フィルターがかかったかのようで、なんていっているかはよくわからない。というよりも、言葉を拾えても脳がそれをうまく処理、理解できていないようだった。聴覚よりも先に嗅覚のほうが鮮明に脳に情報を送ってくる。ツンと鼻をつくような薬品のにおい。どうやらここは保健室らしい。

「だからっ!お前がプレスに来るから足元が狂ったんだっつーの!」
「てめェ人のせいにしてんじゃねぇよ。」
「せいにしてるんじゃなくて本当に高杉くんのせいなんですぅー」
「高杉くんとか言うなきめぇ。つかうるせぇんだよ静かにしろ。が目ぇさま、」

ぱちり。高杉くんと目が合った。不自然に語尾が途切れたのはわたしが起きていたことに驚いたのだろうか。さらり。高杉くんの前髪を風がなでていった

「オイ」
「…」
さーん?」
「え、あ、はい?」

視界いっぱいにひろがったのは輝くような銀髪だった。くるくると自由奔放な毛先はまさしく坂田くんらしい。まだ寝起きの頭はついてこれてなくて。ぱちぱちとまばたきをしたらくすりとおかしそうに坂田くんが笑った。

「おはよ」
「お、おはよう…ございます?」

顔が、近い。気恥ずかしくてタオルケットを口元まで引き上げると、それに気づいたのか高杉くんが坂田くんの首根っこを引っつかんで引き戻した。ぐぇ、という坂田くんの声と共に視界が一気に広がって、ここが保健室の一番奥のベッドの上だということがわかった。坂田くんと高杉くんはわたしの寝てるベッドの左側、もうひとつあるベッドとの間に古びたパイプいすを置いて座っている。

「高杉っ、てめっ、俺を殺す気かっ!」
「おめーみてぇなアホはこれくらいで死なねぇだろ」
「お前バカじゃね?アホって言うほうがアホなんだよ」
「じゃあお前はバカだな」

ぽんぽんと言い合いをする二人に頭がついていかない、あれ、わたしなんで保健室にいるんだっけ?

「オイ大丈夫か?お前ボールがあたって倒れたんだよ」

銀時の蹴ったボールがな。と高杉くんが付け足した。前髪は坂田くんにやられてちょっとぼさっとしてしまっている。坂田くんが気まずそうに呻いた。

「う、わ、わりィ…俺がボールを蹴り飛ばしました。」

そしてさんにぶつけました。すみません。そうか、確か男子はサッカーだった気がする。それで、坂田くんの蹴ったボールがわたしの頭に直撃したというわけか。なるほど。ひとり納得していると「わるかった!!」と坂田くんが頭を下げてしまったのであわてて起き上がった。

「あのっ、全然きにしてないからっ!大丈夫だし、そんな、えっと、!」

わたし、ほら、丈夫だから!あわてたように言葉を紡げば顔を上げた坂田くんはきょとんとしてからまじまじとわたしを見つめた。え、な、なんだろう。顔になにかついてるのかな?高杉くんのほうを見てみると、彼も坂田くんと同じようにわたしをじっと見ていた。え、ちょ、なに?!しばしの沈黙、わたしは視界に違和感を覚える。あれ?ま、さか…

「め、眼鏡はっ?!」

あわてて顔を隠す。素顔見られることなんてほんとうにすくなくて、一気に顔が熱くなるのがわかった。は、はずかしい!!そっと指の隙間から二人を窺うと、坂田くんがにやにやと、高杉くんはクツクツとわらっていた。もう!

「眼鏡!か、えしてッ」
「ほらよ」

チェストの上にあったのであろう眼鏡をわたしに差し出しながら、高杉くんまでもがにやりとわらった。ひったくるように伸ばした手は宙を切り、眼鏡を持つ手とは反対側の手にあっけなくつかまってしまった。現状が飲み込めなくて、思わず高杉くんをみつめると、彼は手に持った眼鏡のレンズを覗き込んだ

「これあんま度入ってねぇだろ。」
「べ、べつにどうだっていいでしょ!かえしてよ!」

今度は視線がわたしにうつされる。右手は拘束されているし、左手は眼鏡に伸ばされているのでわたしの顔はすでに隠されていなかった。わたしのかおを観察するようにみてから、高杉くんはふんわりとわらった

「お前、眼鏡かけてねェ方が可愛いぜ」

言葉も出せずに物凄いスピードで布団にもぐりこんだ。瞬間、チャイムがなる。ククッと低く笑って「お大事に、な」と未だににやりとしているような声色で高杉くんは言い放った。坂田くんの椅子を引く音がして、授業の始まりだということに気がついた。「ごめんな、」再度坂田くんが呟いて、二人は保健室を出て行った。次が授業だとか、そんなこと考えられなかった。こんな赤い顔で出席できるはずがない。




 

こんなこと言う高校生いねーよって話。
ちなみに眼鏡はちゃんとチェストに戻されてます
…ちょっとながくなっちゃったかな




090318  下西 糺





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