透明な世界


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03
相変わらず教室内は騒がしい。わたしとは反対側、教室の前の方では坂田くんと阿部くんがサッカーボールで遊んでいた。こらそこ、教室内はもちろんボール使用禁止ですよ。でも誰も二人に注意しない。それどころか見惚れてしまっている。二人のボールはまるで意思を持っているかのように脚から離れないのだ。一度も床につくことなくぽんぽんと空中で遊ばれている。右足、太もも、頭、肩、胸でトラップして今度は左足。自由自在に二人はボールを操っていた。阿部くんはサッカー部のキャプテンで、どうやら県の選抜チームにも選ばれてるらしくとてもうまい。でも、それに負けないくらい上手な坂田くんのほうがわたしは気になった。サッカー部、入ってないよね?確か帰宅部だった気がする。高杉くんと一緒で。そこまで考えて、ちらと視線をずらした。相変わらず眠そうな高杉くんは坂田くんの椅子に陣取って坂田くんのボール捌きを眼で追っている。追っている、というよりも映しているといったほうがいいかもしれない。あ、今あくびした。眠いのかな?口元がほころびそうになった瞬間、ばちりと音がしそうなほど突然に高杉くんと目が合った。フラッシュバックするのは昨日の台詞。「お前、眼鏡かけてねェ方が可愛いぜ」 キュ、と口元が不自然に引きつった。ほんのり頬が赤くなったのにも気づかれたのかもしれない。にやり、と高杉くんの口角がつりあがった。顔に熱が集中する。あ、れは、絶対、楽しんでる、かおだ!!わたしなんかをからかって何が楽しいのかなんて、全然、これっぽっちもわからないけれどとにかくあの顔は最高に機嫌がいいときの顔だ。高杉くんはすぐ顔に出るからわかりやすい。

「う、げ」

おもわず声が漏れてしまったのも仕方ない。にやにや笑いのまま高杉くんがこっちに歩いてくるんです、けど!あんなに視線を飛ばされたら逃げるにも逃げられない。わざとらしすぎる。かといってずっとみつめあっているのも耐えられなくて、わたしは机の上に視線を落とした。机の上には前の授業だった英語のノートが開きっぱなしになっている。シャーペンは右手に持ったままだったので、とりあえずノートをとる体制になってみた。でも、黒板の文法なんて授業中にすべて書き写し終わってる。どうしようと考えていると視界の隅で黒い影が動いた。ギィ、と前の椅子を引く音と共に前髪の隙間、ぼやけた視界を赤いTシャツが霞めた。「オイ。」おとこのこ特有の低い声で高杉くんがわたしを呼ぶ。ああ、もうさすがに無視できない。

「あれ?高杉くん?」
「何が“あれ?”だ。目合ってたじゃねェかよ。」
「何か用?」

引きつったような愛想笑いを貼り付けると、高杉くんはにやにや笑いをひっこめて昨日と同じようにわたしの顔をまじまじと見つめた。不躾なその視線が眼鏡のあたりをさまよっていることに気づき、あわてて自分の眼鏡を抑えるとチッという舌打ちが。ちょっと、舌打ちってひどすぎるんじゃ。

「眼鏡かけんなっつっただろーが」
「そ、そんなこと言ってない!」
「コンタクトとか持ってねーのかよ」

わたしの言葉を無視して高杉くんは呟いた。

「もってない。お金もないし。」
「それに、髪。」
「え?」

わたしのミツアミを高杉くんは不機嫌そうに指差した。なんでわたしの髪型がこのひとを不機嫌にさせるの?高杉くんの意図がまったくわからない。

「髪。なんで下ろさねェ?この学校そんな校則厳しくねーだろ。」
「こ、れは…中学のときからの癖で、」
「…ああ、そうだったっけな」

なんとも言いがたいような顔をして高杉くんは言葉を濁した。わたし何か変なこと言ったっけ?

「たか、すぎくん?」
「もったいねぇな」
「え?」
「綺麗な髪なのに」

え?
高杉くんの右手がわたしの髪を撫でた。ふわり、ふれるかふれないかの微妙なラインで上から、下へ。すっとひと撫でしてから思い出したようにその右手はわたしの側頭部にあてられた。ズキン。痛んだのは頭か心臓か。

「昨日の、」

高杉くんの顔が近い。息がかかってしまいそうなほど近くにあるその端正な顔は少し歪んでいる。切れ長の瞳に吸い寄せられるようだった。先ほどまでの喧騒などまったく聞こえない。ここがどこだかなんてわたしにはわからない。ただ目の前にいる高杉くんだけが現実味をもっており、そして彼自身で非現実的世界が構成されているかのようだった。確実に、いま、わたしたちは外の世界から遮断された空間に存在していた。教室でも、地球でも、どこでもないせかい。どくり、心臓が締め付けられたような悲鳴を上げた。

「怪我、大丈夫か?ちゃんと病院に…」

ハッと高杉くんが息を呑んだ。同時に、頭に宛がわれていた右手がピクリと動く。ここへきて潔く今の状況に気づいたのだろう。そう。まるで今の格好は二人がキスでもするかのようだ。キスでも、

「わ、り、…ッ」

はじかれたように右手がわたしから離れた。高杉くんのほうなんか見れるはずもなくわたしは瞬時にうつむく。狼狽したような声で高杉くんが、

、」

気まずい雰囲気を払拭したのは担任の岡田先生だった。教室のドアを開けると同時に、一喝

「坂田ァァア!阿部ェェエ!!教室でボールで遊ぶなっつってんだろーが!!」

席着け、席!!岡田先生に促されるようにクラスのひとたちは自分の席に着き始めた。一瞬躊躇してから、高杉くんも自分の席へとかえっていく。着席した生徒たちを見回して、岡田先生は言う

「よォし、じゃあHRはじめるからな!まず来週の強歩についてだが…」

顔のほてりがおさまらないわたしは、先生が話し出しても俯いているしかなかった。もし俯いていなかったら、去り際の高杉くんの顔も赤いことに気づいていただろう。どくり、どくり。ああ、悲鳴が耳にこびりついて鳴り止まない。




   

名前変換一回しかない\(^0^)/




090326  下西 糺





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