透明な世界


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08
太陽が、血を流しながら西の空へと死んでいく。薄気味悪いほどに真っ赤な夕日は、ゆっくりとビルの群衆へと沈んでいった。ぞっとするほどの光景。人はこれのことを逢う魔が時と言ったのか。鳥肌の立つようなその色、魂を抜かれてしまうようなそれ。妖怪、物の怪、魑魅魍魎と出逢う時間。

「血を流しながら死んでいく、か…。」

半分ほど姿を隠してしまったそれを見ながらぽつりと零した科白は、すこし肌寒い風に乗って眼下へと去って行った。見下ろしても校庭には人っ子一人いない。休日の、しかもこんな時間。いつもなら部活動でにぎわっているそこはひっそりとしていて、まるで廃屋の中にいるような錯覚を受ける。部活動停止の理由は至極簡単なものだった。来週の木曜と金曜に中間テストがあるからだ。一週間前から部活動の活動は認められていない。

「俺には関係ねェけどな。」

掠れたような声も、少々強めの風に吹かれてどこかへ消えた。そう、俺には全く関係がないのだ。期限は火曜まで。あと、三日。十日間でさえ、あっという間に過ぎてしまったのだ。三日など瞬きをする間に過ぎていくに違いない。だからといってなにかしようという気は全く起きないのだが。三日。たった三日しかない。どうしろというのだ。脳内を駆け巡るのは昨日のの顔だった。

「好きじゃない、くせに」

なんだよ。そんな顔すんな。記憶の中のアイツに訴えても、ぼろぼろと涙を零すの表情は、変わらないどころかさらに鮮明になっていく。走り去っていく後ろ姿は酷く頼りない。手を伸ばせば、触れてしまえば、壊れてしまいそうなほどに。何故追わなかった。追えるはずがない。あと、三日、しか、ないのだ。すべてが終わってしまう。追ってどうする。何かが変わるのか?少なくとも俺の中では何かが変わったのかもしれない。でも、たとえ変わったとしても、それは。

「高杉ッ!!」

すさまじい音を立てて屋上の扉が開かれた。反射的に顔を向けると、見慣れた銀髪がそこに立っていた。そうとう急いできたのだろう、普段それほど切羽詰まった表情を見せないアイツが、肩で息をしながら壁に手をついている。喘ぎ喘ぎ、必死で酸素を吸い込みながら悪態をついた。

「ばっ、かやろー、携帯、くらい、もっとけっつ、の!」
「…ああ。」

思い出したようにポケットを探るが、当たり前のように無機質なそれに指先が触れることはなかった。どうやら家に置いてきたらしい。家を出た時の記憶があやふやだったが、ジーンズの尻ポケットにないということはそういうことだろう。そういえば、家の鍵はちゃんと閉めてきただろうか。キー自体はベルトに引っかかって揺れているが、それを使用したかどうかはまた別問題だった。まるで夢遊病者だ。昨日からこの症状は続いている。昨日、アイツに、無理矢理キスをした瞬間から、

「携帯電話、携帯しなくてどーすんだよ。ばっかじゃね?」
「馬鹿はテメェだ。…なんなんだよ。なんかあったのか?」

俺のその言葉に、銀時の目がスッと細くなる。その場の空気が、一瞬でガラリと変わった。じわりじわりと沈んでいく夕日。溶けるように少しずつ死んでいく世界。ジジ、と接触不良な音をたてて、屋上に唯一とりつけられた扉の上の電灯が光る。その下にひとり立つ銀時が、静かな、しかし俺を貫くようなはっきりとした声で言い放った。

「連絡があった。松陽先生からだ」
「先生が…?」
「予定変更だ。タイムリミットが今日になった。今日の、午後、八時。」

頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だった。予定変更?いったい何が起こった。何が起こっている。俺の知らないところで。

「こっちの状況が逐一あっちに伝わってることはしってるだろーが。これはあっち側の判断だ」
「は、ァ?ざけんな、あと三日あるはずじゃねーか。なんなんだよ一体。何が起こってやがる」
「起こしたのはお前だろ、高杉」

ぞわり。体中の毛が逆立った。 「起こしたのはお前だろ、高杉」 銀時の科白が頭の中を旋回する。俺は、俺は、どこかでわかってたんじゃないのか?どこかで、これは、これ以上は、いけないと、

「必要以上に親しくするなって、そういう契約だっただろーが」
「テメェほど周囲に媚うってねーぜ?俺ァ」


その名に、ピクリと指先が動いた。それに気付いたのか気づかないのか、銀時は淡々とした口調で続ける。

「何もねーとは言わせねぇ。お前はあいつに必要以上に構ってるだろ」
「勘違いも甚だしいな。俺がいつアイツなんかに、」
「高杉!」

いきなり俺の胸倉を掴み上げた銀時は、奥歯を噛み締めたような表情で俺を睨みつけた。ああ、だから俺はこいつが嫌いなんだ。すべてを見透かすようなその赤い瞳が。俺の思考のすべてを読み取っていくようなこいつが。

「いい加減にしろよ…お前の我儘に付き合わされる俺達のことも考えろ」
「はっ、我儘?ふざけんな」
「ふざけてんのはてめーだろ。みんなお前のことを思って、」
「んなこと端からたのんでねーよ。ケジメくらい自分でつける」
「できるわけねーだろッ!があんな…ッ!!」

不自然に途切れた銀時の言葉に、俺の体に言いようのない不安が駆け巡る。今度は俺が銀時の胸倉を掴み上げる番だった。掴み上げて、ぎりぎりと締め上げる。心臓が、どくどくと不定期に脈打った。嫌な汗が背中を流れるのを感じる。が、がなんだ?アイツが何をした?なにもしてねーだろ、に、なんの、関係が、

「オイ、てめぇ、何知ってんだよ、」
「高杉、落ち着け、」
「答えろ、銀時、答えろよ、テメェは、一体、」何を知ってやがる

俺が黙りこくると、廃屋のように静かな此処はまるで切り取られた空間のようだった。時間が、切り取られたかのような空間。何の音も聞こえず、遮断されたそこ。確立したその世界で、銀時が放ったその科白は、俺のすべてを、おれのせかいを、壊してしまうような一言だった


は、死ぬ。」


アイツの瞳は、星に似ている。アイツの涙が、それをいっそう際立たせている。俺のなかでアイツはずっと泣いている。なあ、お前は俺に笑いかけてはくれないのか?




   

ながくなったから、切る。なんともまあ微妙な切れ具合www




090712 下西 糺





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