透明な世界


Name
Story


09
「晋助。」
「はい、先生」
「いいですか。何があっても、干渉してはいけませんよ。私達が踏み込んではいけないのです。乱してはいけない。いかなる時も、傍観者でありなさい。」




目の前が霞むようだった。先生との顔が、交互に浮かんでは消え、浮かんでは消え。息が詰まる感覚だった。目の前にいる銀時が、俺から目を逸らし地面を見つめている。それが俺を現実に縛り付けて離さない。吐き出した声は、酷く震えていた。

「アイツが…が…死ぬ…?」
「…交通事故、だ、そうだ。」

俺から目を逸らしたまま、ぼそぼそと銀時は言葉を紡ぐ。
午後5時27分。学校へ向かっていたは、居眠り運転をしていた軽トラックに撥ねられる。すぐさま病院に運ばれるも、心肺は既に停止しており、救急隊員の必死の努力も空しく、この世を去ってしまうのだという。
フラッシュバックするのは先ほどの夕日だった。大禍時。著しく不吉な時間。ぞくりと背筋が粟立った。血を流して死んでいく彼女は、また朝がやってきても太陽のように生き返ることはない。

「な、んで…学校なんかに…」
「お前に用があるからだ」

おれ、に?

「さっき、が家に来た。中学の卒業アルバムを持ってな」
「アルバム…?」
「俺とお前の写真がねーのを不審に思ったらしい。覚えてるか、俺とお前はと同じ中学を卒業した設定だったろ。先生の方も、アルバムまで手は回してなかったらしい。仕方なく、の記憶を消して、その間にアルバムに修正を施した。だが、作業が乱雑になった。時間がなかったせいだ。あっち側はの記憶を揉み消すことよりも、俺らを連れ戻すことを優先した。」
、は、」
は記憶を取り戻し、俺の家へ行く。でも俺はいない。ここにいるからだ。それでは、お前のマンションを訪れる。お前もそこにはいない。それで、もしかしたら学校にいるかもしれないと考えたは、この学校に走ってくるわけだ」
「な、んだと…?」

体中の血がさっと引いて行くのがわかった。そんな、アリかよ。その理由だと、まるで俺達が、俺という異分子が、此処にいたせいで、が、事故に、
考えていることが顔に出ていたのだろう。銀時は静かに首を横に振った。

「たとえ俺達がこっちの世界にいなかったとしても、という人間は今日死ぬことになっていた。俺達に関係なく、アイツは今日、」
「なんで…なんでアイツが死ななきゃならねェ」
「…それが運命だからだ。」

反射的に銀時を突き飛ばし、扉へと一直線に駆ける。重い鉄の扉を勢いよく開けたとたん、がしりと左手を掴まれた。ぎりぎりと手首を締め付ける銀時の手は振りほどけそうにない。それでも、暴れずにはいられなかった。

「放せ、よっ!」
「やめろ高杉!」
「放せっつってんだよ!!」
「高杉ッ、テメェ松陽先生の言葉を忘れたのかよッ!!」
「ッ、」
「干渉すんな、それが契約だろーがっ!テメェがそれを破るとどれだけの人間に迷惑が、」
「うっせぇ!!」

銀時の腹を蹴り上げて一瞬緩んだ掌を振り払い、二段飛ばしで階段を駆け降りる。踊り場まで駆け降りた俺に、身を乗り出した銀時が叫んだ。

「高杉!よせ!」
「見捨てるなんてできるかよ!」
「忘れたのか!俺たちは、この時代の人間じゃねぇんだぞ!!」

突き付けられたそれに、一瞬すべてが停止した。逆光に立つ銀時が、声を張り上げる。


「修学旅行で過去に来た、ただの未来人だ!」


忘れるはずがなかった。忘れられるはずがない。いつもどこかでそれは燻っていた。どこで、なにをしていても。唯一、あいつといる時間だけが、俺にとっての、

「過去を変えるのは、犯罪なんだよ!俺達にはどうすることもできねぇ!わかってるだろーがっ!とにかくこっちに、」
「銀時。」

遮られて口を噤むその表情は、何故だか泣き出しそうなそれだった。自然と頬が緩む。哂いたいような、泣きたいような、不思議な感覚だった。そうだ、俺はコイツのすべてを見透かすようなその瞳が嫌いだ。ヅラほどじゃねぇが、かなりのおせっかいだとも思う。だが、それは案外悪くねェ。真正面から見上げると、銀時とまっすぐ対峙する形になった。こういうときこそへらへらしてりゃあいいのに、アイツは変なところで真面目だ。

「銀時…俺ァ、」

ばかばかしいと思ってた。最初は。見下してた。不器用で、何もかもがへたくそなを。一人で歩けるって顔してて、でも心のどこかで誰かの手を取りたいと願ってるを。でも違う、もう馬鹿にしてなんかいない。あいつはいつだって一所懸命で、真っすぐで、でも素直じゃなくて。気づいたら目で追っていた。気づいたら話しかけていた。いつのまにか、俺の中で、アイツはあんなにも

「アイツのいない世界なんて、考えらんねェ」










夕日は、もうほとんど沈んでいた。姿は見えず、西の空がほんのりと橙色に染まるだけとなっている。かなりの距離を全速力で走っているせいで息が荒い。胸の痛みは全力疾走のせいだけではないだろうが。右に曲がると、見慣れた人物が目に入る。思わず叫んでいた。

っ!!」

きっとアイツも 「高杉くん!」 そう呼んだんだと思う。こちらに走りだしてくるからは、きっと、左側から猛スピードで走ってくるトラックが見えていない。体中に走る痛みを無視してスピードを上げた。



唐突に思い出したのはを背負ったときのことだった。心地よい重さが俺にかかって、肩に掛けられた手は小さくて握れば折れてしまうのではないかと思ったほどだ。それでも、落ちないように必死にしがみつくに笑みがこぼれそうになって、あわててぶっきらぼうに掴まれと指示した。ところが、いざ腕を回されるとガラにもなく緊張して。



、ッ!!」



思い切りを突き放す。驚いたようなの表情を最後に、視界はブラックアウトした。








恋だの愛だの、くだらないものだと思っていた。この世界に来るまでは。この時代に来るまでは。お前と、出逢うまでは。

の顔が焼き付いて離れない。なあ。実は一目惚れだって言ったら、お前は笑うか?



君の素顔に、恋をした(この身が引き裂かれるほどに、)







   

最後、ちょっと微妙かなぁ…。



090716 下西 糺





template by x103 : photo by *05 free photo